楽しい旅行記に村上春樹のターニングポイントが隠れていた!
目次
ピークに近い前半、楽しい旅行記が我々を手招きする
村上春樹はいくつかの旅行記を書いているが、私は『遠い太鼓』という作品が大好きだ。別の本なので今回は詳細の記述は避けるが、旅の面白みに溢れており、彼特有の視点と笑いがあり、完成度が非常に高い。
その本の中では、まだ若く元気いっぱいの彼が(おそらく40歳になった前後)、ワクワクしながら旅行をして、楽しんで文章を書いているのがわかる。
時にはその土地の文化、風習のひどさに悪態をついたりもするが、その悪態すらもポップでリズミカルだ。『遠い太鼓』が出版されたのが90年6月、日本のバブル経済崩壊が騒がれ始めたのは90年初頭からだが、まだこの時期には世の中全体には大きな影響は出ていなかった。世界はまだ明るく、彼も若く、全てが余裕に満ちていたのだ。
そして、その時彼は『ノルウェイの森』がベストセラーとなり、売れに売れていた。間違いなくその時期一番ホットな作家の一人だった。
彼自身は望んでベストセラー作家になった訳ではない、と何度も繰り返しコメントしている。10万部売れるのは嬉しいが100万部を超えた時には、むしろ孤独になった、という趣旨の発言をしている。
しかし彼自身がどう表現しようと、この時代の彼は確かにノっており、文章もキャッチーだったのだ。
村上春樹という作家は独自性、個人主義的を唱える作家だけれど、こうやって見るとだけどかなり世の中の情勢に影響を受けている。
その雰囲気は『讃岐・超ディープうどん紀行』で特にみられる。
うどんを食べて回るという企画なので文体が軽くなるのは当然のことだが、やっぱり独特のノリがあるのだ。降水量が少ない香川県の明るさがそれを更に後押ししている。安西水丸氏とのコンビネーションも痛快だし、なにしろ彼がどう書こうが香川県のうどん愛は揺るぎないのだから、という空気が読み取れる。その無責任な書きぶりが良い。
『メキシコ大旅行』でもウィットな部分はあっても基本的には軽快だ。暗い歴史を持つサン・クリストバル・デ・ラス・カサスにいてさえも、文章のどこかに優しさや華やかさが伺える。綺麗な女の子と数十円のやり取りをする場面などに心の余裕が垣間見えるのだ。
からす島はちょっとトラブルが多すぎて面白みには欠けるが、まあ無責任感は健在で軽くていい。
そして、後になって思うのだがこの『軽さ』の源泉は、後に彼が繰り返し表現するデタッチメントだったんだな、とわかる。要するに社会に責任を負わないから軽くてどうでもいい楽しい文章が書けるのだ。今更にそう思い知る。
なんか急にトーンダウン?!ピークを過ぎた95年以降
1995年の『阪神淡路大震災』と『オウム真理教』による『地下鉄サリン事件』を受けて彼の作風や小説に対する取り組み方が変わったことは、私自身何度も書いているし、何より村上春樹本人がはっきりと明言している。
1997年に書かれた『神戸まで歩く』は完全に『楽しさを期待した旅』ではない。
『旅行記』というカテゴリーすら当てはまらないだろう。彼はエッセイ等で時々故郷の事を書いているが、これほどメランコリックにその場所と過去の記憶について書く彼を私はこれ以前に目にしたことがなかった。
そこには故郷を離れて暮らすことに何の郷愁も感じない『羊をめぐる冒険』の『ぼく』の姿はなく、ただ中年になり、作家としてのピークを過ぎたことに気付きつつも、まだ状況に慣れていない一人の作家がいるだけだった。まさに日暮れのころに目の焦点が合いにくくなり、あれ?どうしたんだ?疲れているのか?と戸惑うが、遠からずそれが老眼だと気づく、というアレだ。
新考察! 彼は94年に既にターニングポイントを迎えていた。
前述した95年の二大事件が彼のターニングポイントだとする記述は多く、私も最近までそう思っていたのだが、本作を再読して違う考えに達した。
94年に書かれた『ノモンハンの鉄の墓場』で彼は既にほとんどのものを失い、創作世界であったはずの『闇』に彼自身が怯えている光景が描かれている。
ノモンハンの文章を書いたのは『ねじまき鳥クロニクル』の第三部を書いていたころと思われるが、この作品はこれまで繰り返し書いてきたものを拡大コピーしたものに過ぎない、と私は評価している。
私の勝手な予想だが、作家デビュー直後の彼は『ノルウェイの森』の直子という、自分自身の中にある理想のヒロインを書くためにを作品を重ねていたのだと思う。
『1973年のピンボール』で初めて直子は登場するが、この時点で彼女を書ききる能力は彼には無かった。実際にその作品の直子は実に味気ない。
現在でこそ世界的に有名な作家ではあるが、その時点での女性描写は未熟だったのだ。
『羊をめぐる冒険』でキキは無敵のスーパー美女として登場するも、そのポテンシャルを生かしきれず退場する。
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の図書館のリファレンス係の女の子はいい味を出しているがヒロインとしての存在は薄かった。しかしこれらの執筆を経て、彼の女性像は磨かれていく。そしてようやく『ノルウェイの森』で直子を完成させ、並行して小林緑という対極のヒロインも生み出したのだ。
(本レビューサイトでキキとリファレンス係の女の子については詳細に記述しているので各作品の項目をご参照ください)
彼は同時期に書いた『ダンス・ダンス・ダンス』では勢いに乗ってユミヨシさんとユキという、やはり完成度が高いダブルヒロインを描いている。
これが彼のピークであり、当然頂点を超えれば下降が始まる。
思えば、95年以前の彼は繰り返し『喪失』を描き、失い続ける人を描いてきた。
それはまさに彼自身だったのだ。
彼の精神と文章は帰るところを失った
『旅』には二種類ある。『帰るところがある』旅とそうでない旅だ。帰る所があれば、当然その旅は一時的なものである。どんなに楽しかろうが、どんなひどい目に合おうが、帰ってしまえばそれは単なる記憶であり、元の生活が保障されている。
しかし、帰る所が無い旅は全く違う。訪れる場所それぞれが安住の地の候補であり、そこにどれだけ住むかわからないし、それからどれだけ彷徨うのかもわからない。
彼は物理的な家は当然持っていても、文章の帰るべき場所を失ったのだ。
目指していた直子が完成した以上、彼は次なる目標を必要としていたのだろうが、『国境の南、太陽の西』『ねじまき鳥クロニクル』ではそれは見つからなかった。
彼の文章上の放浪がここから始まる。
結局、返るべき場所は見つかったのか
本作の『アメリカ大陸を横断しよう』『神戸まで歩く』を見る限り、本作の完成時点でそれは見つかっていない。おそらくそれまで追い求めていた彼の中の最も美しいヒロイン像の描写というテーマに匹敵する巨大なものが必要だった。それがコミットメントという言葉に要約されたのだと思う。
追い求めるものが一人の女性像であったが故に95年以前の作品には社会との関りが必要なかったのだ。その時遭遇した大事件と大震災、彼はこれこそが次のテーマだと思ったのだろう。
『スプートニクの恋人』でそれまでのやり方を出し切って決別する、と宣言し、『海辺のカフカ』『アフターダーク』ではこれまでなかった種類の闇に切り込んでいる。
この段階でまだ帰る場所は見つかっていなかったかもしれない。
しかし『1Q84』でははっきりと社会悪という新しい闇に着手する。作品の評価やこのテーマの是非は別として、彼は新しい旗を掲げ、船をこぎ出したと言えるかもしれない。
予想を重ねることを許していただきたい。
彼は帰る家を探すのをやめ、一生彷徨うというスタイルを取る、と腹をくくったのだ。
これ以後の作品は常にホーム無きアウェーでの戦いとなる。その覚悟は今も引き続き見えている。
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