私たちから遠い『天才』たち
『天才』たちが集う島
今や様々な傑作を世に送る西尾維新のデビュー作であり、絶海の鴉の濡れ羽島で起こる殺人事件を主人公のいーちゃんとヒロインである玖渚友が解決する物語です。
本作は化物シリーズ等の西尾維新作品とは異なり、異能の存在やバトルシーンはほぼ存在していません。純粋に殺人事件に焦点があてられたミステリー作品であるということをお伝えしておきます。ミステリー作品だからといって、西尾維新作品に共通する魅力がまったく存在しないかというとそうではなく、その源泉が随所に見受けられます。ここでは本作の内容ではなく、そのことについてお話しします。
本作は『天才』と呼ばれる人たちが多数登場します。というよりも、むしろ『天才』しか登場しません。画家・料理人・学者・占い師・技術屋・メイド・島の主、すべてがある種『天才』と呼ばれる人物です。
ここで注目したいのが島の主であり、様々な『天才』たちを島へ呼び寄せた赤神イリアについてです。彼女は四神一鏡と呼ばれる財閥赤神家に連なる人物でありますが、ある理由により勘当され絶海の鴉の濡れ羽島に実質幽閉されているといった状況にあります。自身の『暇つぶし』のために、有り余る資産を使い、『天才』たちを島へ招待して、そんな生活を愉しんでいるというわけです。
実は彼女、作中では一言も『天才』と明記されていないのです。『天才』たちを集める彼女が『天才』ではないといのはどうもしっくりきません。
『天才』の定義
この作品は、作者西尾維新が考える『天才』の在り様が所々に提示されています。主人公であるいーちゃんは『天才』を「遠い人」と言い表しているシーンがあります。「遠い人」であるということは、他の人たちよりもひどく距離がある、つまり突出している・突き抜けているということになります。
そういった人が『天才』であるならば、赤神イリアもまた勘当しているとはいえ、財閥の生まれという出自がすでに突出している人物なのではないのでしょうか。つまり、彼女はあえて言い表すなれば『資産の天才』というわけです。そして、このことからまた西尾維新の『天才論』がうかがえます。
身もふたもない言い方をするならば、『天才』であるか否かは出自で決まるというものです。赤神イリアをはじめとした登場人物は、生まれながらにして『天才』です。後天的な努力や行動では覆ることができない絶対性。それが『天才』の条件であると暗に言い表しているように感じます。
料理人の『天才』である佐代野弥生は日々の鍛錬と努力が大切と話すシーンがありますが、生まれながらに『天才』か否かが決まるならば、この佐代野弥生の言葉も額面通りの意味ではなく、その努力することが可能あることも、生まれながらに決定されている『努力の天才』と言い換えることができます。
また『天才』の在り様を表しているのが、事件の犯人である園山赤音です。事件を起こした動機が、被害者である伊吹かなみになり替わるためだったと作中ではありますが、どうも私にはしっくりきませんでした。この園山赤音も実をいうとオリジナルではなく、誰かだったものがなり替わった園山赤音であり、その人物が誰だったかということは一切出てきません。一貫して正体不明の人物として扱われています。これらのことも『天才』は突出しており、遠い人であるということを言い表していると考えます。
どうしょうもなくかっこいい人類最強の請負人
作中でも言及されていたのですが、人類最強の請負人がエピローグになって登場します。彼女は本作をはじめとする戯言シリーズでも非常に人気がある人物であり、彼女を主人公とした物語も現在刊行されています。
彼女はありとあらゆるもののスペシャリストであり、鴉の濡れ羽島に集められた『天才』たちが特化型の『天才』だったのに対して、汎用型の『天才』という矛盾した存在です。彼女はのちのち明らかになるのですが、作られた『天才』であるがために様々な側面で突出しているわけですが、作中で登場したほかの『天才』たちとは違い、遠い人であるにも関わらず孤独ではないということです。
『天才』たちは突出しているために、自分と同じステージに立つ他者は存在せずに、そのことに拘泥もしません。しかし、哀川潤は自分と同じステージに周囲の人間を引き上げようとします。作中でも園山赤音の真意を見抜けなかったいーちゃんに、もっともっとがんばれと諭すシーンがあります。
作中でほかの『天才』たちよりも突出し、より『天才』の定義に近い哀川潤が『天才』のスタンスは違った行動をするのです。私には、そんな在り様の哀川潤が非常に魅力的に映ります。どうして、そのように感じるのかと考えた結果、それはいーちゃんが玖渚友と作中ずっと一緒に行動していたように、人はやはり孤独では生きていけないと示しているのではないかと思います。それを私たちよりも先をステージに立つ哀川潤が主人公であるいーちゃんごしに読者に訴えかけてくるのが、非常に魅力的に映る要因なのではないでしょうか。
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