AIと人間が将来どんな関係性となってゆくのか - her/世界でひとつの彼女の感想

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AIと人間が将来どんな関係性となってゆくのか

4.34.3
映像
4.0
脚本
4.5
キャスト
4.5
音楽
4.0
演出
4.0

目次

音によって成り立つ世界

まずこの映画で重要となる要素がある。それは声や音である。全編を通して音を主たる伝達方法として提示されている。文字を手書きするシーンが直接的に描かれることはない。主人公であるセオドアの仕事は手紙を代筆する仕事であるが、手書きで書くのではなく音声認識によって書く。ニュースもメールのタイトルすらパソコンが読み上げてくれる。友達のエイミーが彼氏と別れたとき彼氏は出家して無言の行を行う場面があるのだが、あえてしゃべらない、音を発さない修行に行くことが、この映画の世界で描かれる世界が音声で満ち溢れていることの表れだと考えることができる。

そして映画序盤では、見ることではなく聞くことが大きな割合を占める世界を象徴するシーンがある。セオドアが夜、眠れないため音声チャットをするシーンだ。彼はメガネをかけているが、その時メガネが落ちても気にせずイヤホンを手に取る。このことが彼にとってメガネという見るための道具よりも、イヤホンという聞く道具の方に価値があるということ示唆している。そして、この態度は一貫してこの映画がとっているものだ。

そしてパソコンのOSとして存在するサマンサとの会話も音声のみで行われる。この時点でも一番特徴的なのは、音声のみにもかかわらず、その声があまりにも肉感のある演出となっているためAIという印象を私たちには受け取りづらいということだ。このサマンサの声が予定していた人ではなく、あえてスカーレット・ヨハンソンを起用したという経緯を考えれば、監督であるスパイク・ジョーンズの狙ったことでもあるのだろう。これらのことは私たちの身近にもすでに起きていることである。iPhoneSiriはわざわざ人間が手で文字を入力しなくても、要件を告げれば、天気を調べたり、アラームをセットしたりしてくれる。この世界がより便利になった世界では音というものが非常に重要なものになっていくという未来をこの映画に見ることができるのである。そのように書くことが少なくなっている社会の中で、セオドアの仕事である手紙の代筆がより必要とされている理由も見て取れる。

精神は肉体を必要としなくなるのか

サマンサはセオドアと関係を気づいていくうちに、セックスをするに至る。これも音声だけでするのである。もちろん肉体的接触はない。客観的に見ればセオドアの自慰行為のようにも思えるが、二人はセックスであるという認識を持っている。つまりこの世界では肉体接触がなくとも性的な行為が行うことができる。そしてその媒介になるのも音や声なのだ。

しかしながら、サマンサはセオドアとの間に音のみではないコミュニケーションによる関係性を模索し、代理セックスのサービスを依頼する。サマンサが音声を担当し肉体は他人が担当するのである。イヤホンとカメラを彼女に装着してあるので、セオドアはサマンサの音声を聞いたまま肉体的接触を伴う性行為を行うことができる。本来なら何の違和感もなくできると考えられる。なぜなら肉体を持たないサマンサを好きになっているセオドアにとって肉体的関係はサマンサとセオドアにとって重要な問題ではないからだ。要するに彼女はサマンサのサロゲートとしての役割に過ぎないのだ。だが、セオドアは拒否する。これはセオドアにとってサマンサが一つの女性としての枠を超え、一人の女性をして確実なものとなっていることを表しているのではないか。それはセオドアにとってサマンサは音声のみによって成立している存在ではなくなっているといえるだろう。同時にサマンサにとっても自分がセオドアにとって誰の代理にもなることのできない独自性を持つ存在になっていることを認識する出来事でもあったのである。

映画終盤、別れのシーン。サマンサが二人のこれからについて考えたことを伝え、そして互いにどれほど大切に思っているかを伝え合う。その時イメージにはサマンサがセオドアをやさしく抱く手だと思われる画面が映る。これはセオドアにとって、サマンサがAIとして最大の欠如として存在していた肉体がセオドアのイメージの中で明確に登場したということだ。つまり、彼にとって彼女はAIの枠を超え、より現実感を帯びた唯一の女性として確立してことを表している。それは、音という直接には触れることができないコミュニケーション方法のみによって、現実には音だけであるサマンサセオドアの中では実際に肉体を持ち、かつ触れることができる存在になったということである。

AIと人間の未来

 AIと人間ついて語るためにはそれぞれの関係に着目する必要があるだろう。AIと人間、AIAI、人間と人間。この映画においてAIは人間との関係でしか人となることはできない。そもそも備わっている機能やスペックが違うからだ。セオドアとサマンサが別れるきっかけとなったシーンがある。サマンサはセオドアのような恋人関係になっている人数を641人だと答えた。これはやはりサマンサはAIなのだということを強く自覚させる。たとえある関係の中で人と近しい存在だとしても、その関係から遠い関係のところからすればAIとしての立場だ。つまりAIが人間となっていることができるのは一時的なものだともいえる。

また、物語序盤、当初セオドアと付き合いながら人間とは何かを考え始めたサマンサはその答えを学問やセオドアに求めた。何かを表現する時には人間らしい息遣い、人間っぽいしゃべり方をする。しかし、それがいつしか同じAI同士で議論するに至り、人間という生き物を介在せず会話をするようになる。このAI行動は。人間がわからない事柄を別の全く別の文化に答えを求めることとも似ている。そして人間ではないもの同士であっても人間に近づくことはできるのではないかという可能性を示しているのではないかと感じている。

一方でセオドアやその友達エイミーのように、この映画ではAIと人間との恋愛関係はずっとうまくいくことはなかった。それは完全なる人の代替としてのAIの限界を示しているともいえる。

AIと私たちはいかようにして付き合っていけばいいのか。その視点を『her――世界で一つの彼女』は与えてくれたに違いない。それぞれをそれぞれの関係性から理解していくことだ。恐ろしいものとしてロボットが描かれていた昔とは違い、より身近にありながら、そこには恐ろしさや忌避の思いはなく、私たちの生活をサポートしてくれるありがたい存在として、そして時には大切な存在へと変貌する可能性を示しながら見せてくれる。

 

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出会えてよかった一本

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