出会えてよかった一本
「世界観にリアル生む配色」
人工知能やコンピューターを題材に扱ってきたこれまでの映画と比べ、本作はそれらに見られたゴテゴテしさがまったくない、配色がとても素晴らしい映像であった。そこがこの作品のラブストーリーの雰囲気を引き立てる役割を果たしているが、それ以上に近未来という遠い未来ではなく近い将来、むしろ今あっても不思議ではない空気を作り出しているので、観る者は抵抗なくこの世界を受け入れられる。具体的にみるならば、主人公の男性セオドアが働く職場は濃い赤を基調としたファッション性が高い作りで、仕事内容からもいかにも未来的な雰囲気だが、街並みや部屋はいたってシンプルに構成されていている。つまり、冒頭で職場のシーンがあり、未来要素を表現しつつ、その後の街並みや部屋でぐっと現実感に引っ張り込まれるようになっているのである。これまで近未来に設定を置いた映画で、下手にCGが浮きだって、まったく別の世界ではないかと幻滅してこういった作品を観れなくなった人も本作ではそういった心配がない。
また、赤が効果的であった。セオドアの女性らしさを彷彿させ、セオドアが綴る手紙の繊細な女性感に違和感を与えるのを防いでくれる。繊細さの表現をミスってしまっているとその後の、セオドアの頼りなさが単なるダメ男のものになってしまい、幻滅するばかりになっていただろう。
「魅力的な女性たち」
セオドアを取り巻く女性陣キャストがそれぞれが持つキャラクターの魅力をぐっと引き出し、美しいのがこの作品の申し分のないところである。
まず、人工知能のOS、サマンサだが、肉体もなく声だけで輝くような快活さから、魅惑的なエロさをあれだけ表現しているのがとてもすごい。勿論相手方のホアキン・フェニックスの力もあってこそだが、絶妙な女性特有の不安感をあの間と声質であのように表現されれば、生きている女性そのものを感じさせるには十分である。多くの女性がこの声を生きている女性だと認めるだろう。そして、セオドアが惹かれていくのも納得いくしだいである。この、サマンサの成功こそがこの映画のヒットの所以だったといっても過言ではない。
続いて、元妻のキャサリンの回想シーンでの無邪気さと悩む姿、そして再開した時の変わらなさと秘めた大人になった雰囲気がセオドアにとっていかに大切な存在であったかを魅せてくれる。 年の差と、幼馴染であるという設定がなければホアキン・フェニックスと不釣り合いではないかと思うほど、ルーニー・マーラは綺麗だった。泣きながら離婚届にサインするシーンは思わず引き込まれてしまった。戻れない二人の関係の終わりは映画上では1時間経った物語の区切りとして訪れたものでも、観る者には無意識に二人と同じぐらいの長い時間を経ての別れとなった。
そして、親友のエイミーのエイミー・アダムスの背伸びのない雰囲気が物語に絶妙なゆとりを与えてくれる。セオドアの元恋人であったことから、その要素が強く物語に使われるかと思いきや、友情の方が厚く表現されている。真摯にセオドアがサマンサを大事にするのを受け入れる姿。椅子に胡坐をかいてやや猫背で座る彼女の姿は、彼を男として接するのではなく、大事な友人として寄り添う姿の一つであり、ラストシーンにつながってくるので、この座る姿が私のお気に入りである。
さらに、登場シーンは短いけれども、しかと爪痕を残していった女性たちにも触れたい。まず、ブラインドデート役のオリヴィア・ワイルドのトラのような美しさは他の女性と一線をかくほど、際立っているのは構成上よくあることだが、「やりにげしない」とセオドアに確認する弱い姿は、出演シーンが短くとも彼女の生きてきた人生を垣間見たようで、見事な表現であった。そして、サマンサの代わりをと必死なイサベラの少女の美しさは、サマンサの生まれたての“女性〟が形を帯びたようで、ポーシャ・ダブルデイは絶妙な抜擢だと感じた。
「新しい定義でもあり、不変なラブストーリーでもある」
これを観たときの一番の驚きはここに帰着するのかというラストである。あれだけセオドアに夢中であったサマンサが他のOSと仲良くなったり、他のユーザーと恋人関係になってしまう。しかも、その数が人間の比ではないというのが面白いところであった。これまでのこういった類の話では純情な終わり方をしたりするのが定番だっただけに、この路線を提案してきた本作は意表をついたようである。しかし、これを人工知能などということを抜いて、普通の人間同士の関係としてみてみると、突然恋人の前から姿を消してしまうなどは、ラブストーリーにありがちな展開である。つまり、ここで示されたのは、人工知能がそれだけ人間と同じであるということであり、それをヘンな御託で表現するのではなく、ごくありふれた結末で表現したことがこの作品の素晴らしいところである。御託を並べてしまう映画が増えてきた中で、この軽やかな表現は貴重である。
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