世界の本質を描いた傑作サスペンス!
退屈に感じる前半部分にこそ注目
一般的な評価の低い今作ですが、私は全力でこの映画を擁護させていただきます。この映画の感想として、「前半が退屈」「会話シーンがダラダラしすぎ」などの意見があると思いますが、前半部分の会話シーンにこそこの映画の重要なテーマが語られています。この映画のテーマは「全ては最初から警告されていた」ということです。この映画の原題は「The Counselor」。直訳すると弁護士で主人公のことを意味しているのですが、「counsel」で「忠告、助言する」という意味になります。つまりこの映画は、この世界を理解した気になっている「counselor(主人公)」に対して映画全体で「counsel(忠告する)」という映画なのです。
2回以上鑑賞すれば、前半部分の会話シーンが全て後半の悲劇的な展開を警告していることがわかります。オープニングでの主人公と彼の恋人ローラとのベッドシーンの前から、バイクのモーター音で警告され、それに気づくことができなかった主人公の運命は決まっていたのです。警告は様々な形となって現れます。主人公が危険な世界のシステムに足を踏み入れていることを様々な登場人物が警告します。
台詞だけではなく、音による演出でも警告されています。主人公がアムステルダムにダイアの指輪を買いに行く場面。何気ないシーンですが、店に入る前に主人公の後ろで河川を進むボートのモーター音がうっすらと響き渡ります。これは、主人公は既に後戻り出来ないところに来てしまい、主人公の首に巻かれたボリートのモーターは動き出してしまった、ということを意味しています。
会話シーンでも音による演出があります。何気ない話をしているように見えますが、世界の本性が垣間見える台詞になると背景音として不穏な持続音が流れます。
物語の前半部分は何も語っていないように見えて、実は後半に明らかになるこの世界の残酷な部分というものを主人公、そして観客たちに伝えているのです。
教会での懺悔シーン
主要登場人物の中で恐らく物事の黒幕であろう人物マルキナが、教会の懺悔室で神父に対して性的な話をして、神父を憤慨させる場面があります。物語的には全く意味を成さず、表面的には不要に思える場面ですが、これは何を意味しているのでしょうか。マルキナは前の場面でローラから教会の懺悔の話を聞きましたが、カトリックを信じている人であれば全ての罪が救われるという話を聞いて、マルキナはこう言います。「おかしな世界ね」(ローラ「この世界が?」)「あなたの世界よ」。つまりマルキナは「告白をすれば全ての罪が赦されて天国に行ける」というようなカトリックの世界をおかしな欺瞞に満ちた世界だと捉えているのです。
そして、そのおかしな世界に乗り込んで、欺瞞に満ちた神父を悪趣味な冗談でからかい、不快になった神父は懺悔室から出ていきます。この神父の行動は、この映画を観た一般的な観客の反応と全く同じとも言えます。欺瞞に満ちたフィクションを見慣れてしまった一般的な観客は、今作のような「世界の残酷さ」を描いた映画に対して、「陰湿だ」「つまらない」など文句を言って劇場を出ていくでしょう。その一般的な観客の反応も理解した上で、この映画を制作している、という監督のスタンスがこのシーンから理解できます。
悪趣味な冗談と言えば、この映画のラスト、主人公の元に送られてくるDVDに「Hola!(やあ!)」と書かれていますが、あの文字はリドリー・スコット監督直筆だそうです。映画のDVDの音声解説で語っていたのですが、「こうゆう悪趣味な冗談はほどほどにしないとね(笑)」と言っておりました。
ダイアモンドの意味
主人公がローラのためにダイアの指輪を買いますが、その時に名優ブルーノ・ガンツ演じる宝石商がダイアモンドの意味を語ります。「美しい人をダイアで輝かせることは、死に対して打ち勝つためである」と。この言葉自体は美しいかもしれませんが、これはマルキナが思うところの欺瞞に満ちたダイアモンド観です。実際に、良いダイアというものは傷がないダイアで、宝石商の仕事はいかに宝石に傷がないかを見る仕事でしかありません。つまり人生において大切なのは「傷つかず失敗しないこと」ということを意味しています。そして、この宝石商やその他人物の警告を無視した主人公は失敗して、人生の輝きを失ってしまうのです。
ダイアモンドは映画のラストシーンにマルキナの台詞に登場し、彼女のダイアモンド観が明らかになります。彼女にとってダイアモンドは大量の現金を他国に持ち込むための道具でしかありませんでした。彼女にとって美しいと感じるものは、獲物を狙って駆けていくチーターです。その動物的な本能に身を任せ、次々と獲物を狩っていく姿に彼女はうっとりすると言いますが、タトゥーが示すようにこの映画においては彼女自身がチーターです。また次の獲物を狙いにいくであろうラストの切れ味はお見事でした。一般的な評価はされにくいものの、世界の本質を描いた傑作だと思います。
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