『純文学』に『お笑い』を取り入れた最初の作品
芸能人 又吉直樹の芥川賞受賞作品ということについて
平素より、私は芥川賞系統の作品より、直木賞系統の作品を好んで読む。ミステリーやサスペンスが、私を平凡な日常から解き放ってくれると感じているからだ。
しかしながら、芥川賞という国内文学賞の最高栄誉がお笑い芸人に与えられた、と言うことに衝撃を覚えた。文学界はついに芸能界に媚びたのだと、そう感じた。今まで芸能人が書いた小説をいくつか読んだが、私の琴線に触れる様な作品に出会ったことがなかったので。
近年の芥川賞受賞作品をみると、日常から感じた心理的描写を作品としているものに偏っていると感じる。若干ではあるが、選考委員は文章としての技巧を軽視し、より大衆的な感性の作品に重きをおいているのかな、と。そんな傾向から、ついに芸能人芥川賞受賞、という事態に至ってしまったのでは、と邪推してしまう。
しかし、その作品を全く見ずして批判することは、まず作者に対してとても失礼な態度である。その作品を選考した選考委員の方にも失礼である。そして何より、自らを難癖つけたがりな嫌味な人間へと、身を落とす行為である気がしたので、まず一度は作品を読んでみようと思った。作品を読んだ上で、やっと正当に文学批判ができる。若干歪んだ考え方かもしれないが、私はそのように考えたのだ。
初めて純文学で笑ってしまった
火花のストーリーはシリアスで濃厚なものであった。作者は、若手芸人としての下積み時代から何年にもわたって、日常に起こった出来事や、自らが感じたことなどをノートに書き残しており、その数は10冊以上にも上ると聞いた。本作品はそのノートをベースにを執筆されているということだが、作中の描写は実に細かい。本作品は、基本的に主人公(又吉氏がモデルとなっている)と芸人の先輩が、お笑い芸人として生活する日々を描いている。先輩が様々な葛藤のなかで明るく振舞う様子や、その裏にある感情、心境の移り変わりに至るまで。また、それを近くで感じ取っていた主人公の心理描写を、緻密な文章力で表現している。濃厚な内容でありながら、とても読みやすい文章で書かれていた。おそらく、私は2時間程で全て読み終えたと記憶している(恐縮な話ではあるが、なじみの書店で2時間立ち読みさせて頂いた。読み終えてから購入に至るという、私の中では大変稀なケースとなった)。
純文学を読んでいて笑ってしまったのは人生で初めてのことだった。面白味とは異なり、『ウケる』といった感情を文学で覚えたことはなく、また、文章で表せるものでもないと思っていた。火花の中で特に気に入った、『ウケる』シーンとして、先輩が金銭的に困窮し、ヤクザ者に脅される、というのがあった。ヤクザ者が「お前の事は住所から趣向まで全部把握している。ポストにお前が吸っている煙草を入れておいたから、ポストを見てみろ」と言って脅しておきながら、ポストの中には、女性向けの煙草であるピアニッシモが入っていた、というものだ。先輩の語り口が上手く、思わず吹き出してしまった。文としての関西弁の魅力もさることながら、純文学としての形を崩さずに、笑いを誘う文章を見たことは今まで一度もなかった。私はかなりお笑いが好きな方で、いろいろな芸人のDVDを何本も所有しているし(ピースのDVDは所有していないので、今度購入したいと思う)、たまに劇場に見に行ったりもする。私の中で『お笑い』というのは、その声の強弱、語りの緩急。また、顔の表情や、話に合わせた身振りがなければ成り立たないものだった。しかし、本作品は文章だけで『お笑い』を作り出した。
センセーショナルな純文学として
個人的には、火花は多くの小説家志望諸氏の心を折るくらい斬新且つ、ここ何年も登場していなかった、センセーショナルでインパクトのある作品として仕上がっていると思う。私自身としても、今まで持っていた『芸能人の作品』というフィルターを取り払ういい機会になったと同時に、どんな時でも作品と触れ合わない事には、その正しい姿を捉えることは出来ないと改めて考えさせられた。危うく私は嫌味な人間になるところだったのだ。
火花は構成・文章力どれをとっても、全体的にレベルの高い作品になっているが、あえて気になった点を挙げさせて頂くと、作品の前半と後半で文章力に若干の変化がみられる。前半の柔らかめな文章に対し、後半の文章は硬めで、特に結末付近ではやけに力が入っている気がする。作者の最初の作品ということで、執筆中に文章力が変貌を遂げたのだと思うが、唯一その点だけが気になった。また、そのことが私の中で、作者の次回作に対する期待感が膨らむ要因になっている。
お笑いと純文学を融合させるという、誰も考えなかった様な(考えていた人がいたら申し訳ない)作品と巡り合えて良かった。作者は文壇に大きな影響を与えたと思う。そして何より、文学の持つ限りない可能性を、あらためて認識させてくれたことに感謝したい。
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