挫折から始まる物語
主人公の挫折
1巻がまず衝撃なんです。主人公の鉄宇が本当にどうしようもなく弱い子で。うぬぼれていた自分から逃げて逃げて…心を閉ざしてしまった男の子なんです。最近同じような状況に陥った自分としては、もうタイムリーすぎて、この本には会うべくして出会ったんだなというしかありませんでした。
ミニバスからバスケットボールをやっていて、自分の能力に自信のあった鉄宇。中学校からバスケを始めた友達に、バスケを教えたりもしていた。だけど、自分は身長が伸びなくて、能力も伸びなくて、どんどん後から始めた子たちに追い抜かれていく。それが許せなくて、ネットに友達の悪口もいっぱい載せた。それがどれだけ卑怯なことなのかもわかっているつもりで、でも自分の負の感情を吐き出せる何かが欲しかった。長くバスケを続けていた自分がメンバーに選ばれず、後から始めた奴らが選抜されていくみじめさ。いざ正面から向き合って1on1をやっても、まったく歯が立たないほどになっていた。そして彼は1on1中に相手の頭をつかんで叩きつけ、ケガをさせてしまうという大失態を犯す。
もうね、やりきれなさがすごく伝わってくるんです。自分という人間を大事にしてきたからこそ、それを否定されることがすごく苦しくて、認めたくなくて、乗り越えられなくて、不登校になって…家族も遠ざけ、友達も遠ざけ、自分を誰も知らない高校へ進学する。あーわかるわー仕事辞めて別のところへ行きたいって思う気持ちとまったく同じ。誰かに認めてもらいたいのに、認めてもらうだけの努力をしていないこの矛盾。ありのままの自分では勝てないことを認めたくない自分。この気持ちの表現が、まず1巻で読者の心をつかみまくりです。
挫折から目を背けない
そして、自分を誰も知らない遠くの高校へ進学することになった鉄宇。ボケてきたおじいちゃんみたいに、早く呆けて死んでしまいたい…わかるわー同じ気持ちになったことあるわあ~と、大人の女子も共感できるんです。というか、これは10代の若者よりも、苦さを知った世代のほうが共感できるもののように思います。
たまたま立ち寄ることとなった体育館で見つけた背の高い女の子。それはかつて自分も悩んでバッシュを捨てようとしたときに出会った女の子だった…この出会い方も相当うまい。屋上で、お互いがお互いの好きだったものを捨てようとしている。でもそこで出会い、お互いのハンデを分かり合い、靴を交換した。鉄宇はスペイン舞踊のシューズを、そして長身で臆病な女の子・藤本さんにはバッシュを…自分は捨てたことにしていたのに、彼女は違った。真っ黒い自分なんかがあげた靴をお守りにして、一生懸命バスケに打ち込んでいたことを知る。俺、今までなにやってたんだろう…もうここからは鉄宇の第2章の始まりです。男なんかがスペイン舞踊なんて…いや、だからこそいい。他の人がやろうとしないことを、まさかやりもしないようなことこそ、がんばりたい。その心意気に、若さと、エネルギーと、勇気をもらいました。自分だってなんだってできる。そんな気がしてきます。
挫折から目を背けないと決めた瞬間に、人生はまったく違っていきます。友だちができ、同じ、鉄宇の心意気に心打たれた女主人がスペイン舞踊を教えてくれることになり、何かに打ち込むことの喜びとつらさを知っていく…落ち込んだときは、遠くに見える藤本さんの姿がまた俺を奮い立たせてくれる。まだだ、まだ俺はがんばってない。
友だち
鉄宇に友だちができたとき、彼はまだスペイン舞踊という明確な目標は手にしていませんでした。迷いながらも、誰かのためにがんばって、そして友だちになった。彼は本来はとても優しい人なんだなとわかります。妹が尊敬するほど、優しい人。そして鉄宇に感化されて、男3人組でスペイン舞踊に打ち込むこととなります。周りがなんて言おうが関係ない。打ち込むことがあることこそが尊いなって思わせてくれる、この暑苦しい感じ。毎日をただ会社と家を行き来しているような人にすれば、まぶしいくらいですけど嫌いじゃない。
鉄宇が大切にしようとするから、それが相手に伝わって、相手も鉄宇を大事にしようとしてくれる。気持ちはそうやって返ってくるんですよね。自分が大事にされたいという気持ちを押し付けてばかりいては何も始まらない。むしろ嫌われていくだけ。自分がどうありたいかということはもちろんだけど、自分が大切にしたいと思う誰かにとっての自分がどう見えているのか、どうありたいか、という視点が大事だなと気づかされます。
お互いがお互いを支える
鉄宇は本当に周りに恵まれています。お母さん、おじいちゃん、妹、友だち、スペイン舞踊の先生、そして藤本さん。全然1人なんかじゃない。家族はいつでも鉄宇を見守ってきたし、それに高校生で気づくことができて本当に良かったと思う。今までごめんね、これからは俺、がんばるから。親にとってこんなに嬉しい事って絶対ないでしょう。妹が身を挺して守ってくれたもの。傷ついても兄を慕う気持ちをもってくれていたこと。向き合わなければ気づけなかったことがこんなにたくさんあるんです。逃げていてはだめ。手に入れたいならもがかなくてはならない。
それに鉄宇が気づいたことで、鉄宇に関わる人たちも大きく前進します。家族はもっと鉄宇を大事にするし、先生だってまたがんばってみようと思うことができた。周りに何を言われたってかまわない。くすぶっていたものを、今ぶつけなくていつぶつけるんだろうか。何歳になったって、否定されたって、自分が好きだと思うこと・がんばりたいと思うことをやらなくてどうするんだろうか。前向きに、一生懸命に、生きていることを日々感じながら生きていく。人生の経験はこういう経験をいくつ重ねたかで決まるんだなって教えてくれます。誰かに評価されるものだけじゃなくて、自分が信じたいと思うものをどれだけ信じて、そして努力することができたのか。学校の学活ではそういうのをもっと教えたほうがいいじゃないですかね。学校で学ぶべきものは、きっとそういう情熱のほう。やらされることじゃなくて、自発的な行動なんだね。
おめでとう
鉄宇は、藤本さんとなかなか直接対面しません。彼女のがんばりに、まだ俺は追いついていないと思うから…今まで努力しなかった分、努力してきた藤本さんの目の前に立つにはそれなりの覚悟と自信が必要なんです。よくぞここまでがんばりました。もうね、本当に褒めてあげたいし、同時に私も鉄宇になりたいと思いました。彼のようにがんばれたら、なんだって叶う気がしてきます。まぁ、正面から会わずとも、悩んだらこっそり体育館を見に行って、力はもらってましたけどね。鉄宇は弱く、脆い。だからこそ、たった1つを支えにしながらここまで努力を重ねてきました。念願かなってようやく会えた時の感動といったら…涙がホロリ。これからの二人にどんな未来が待っているかな。清々しい風が吹いて、すべてがこの時のためにあったかのようです。
そんな感じで、上がり下がりを繰り返しながらも華麗に目標へたどり着いた鉄宇。いい話だった。うぬぼれ、苦しみから始まる物語。「死んでくれないかな」言われてすべてを失ったと勘違いした中学生時代。そこから壊れていたモノを1つ1つ治しながら、積み上げていく姿が素敵でした。鉄宇が藤本さんを心の支えにしたように、藤本さんも、友だちも、家族も、スペイン舞踊の先生も、みんなが鉄宇のことを心の支えにしていましたよ。ポジティブは連鎖する。…さぁ、自分もがんばろう。
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