好きだけれど、結婚はしないという選択肢の肯定
物語を書き換える
今回は、三浦しをん著『ロマンス小説の七日間』(角川文庫)について考察する。
この小説は主人公あかりが仕事で翻訳する英国中世騎士道ロマンス小説の物語と、主人公の生活する現実世界での出来事と平行して展開する。そしてあろうことか、あかりはこの内容に対し、「なんじゃこりゃ」とばかりに手を加え、書き換えてしまう。あまりにもその内容がファンタジーで続きが想像できてしまうからだ。
今回はこの点に注目し、ロマンスと作中の現実世界の対比を通して見える現代の結婚観について考えたい。
一緒にいることと結婚は別物
まず、主人公のあかりはフリーランスでの翻訳業を生業として自身で生計を立てている。交際している神名(かんな)は、企業で営業職についていたものの、ある日突然、仕事を辞めて旅に出ると言い出してしまう、かなり自由な男性だ。
そこで、注目したいのが、神名が旅にでる、という時にあかりの選択肢として元々神名に対して「ついていく」ということや「結婚する」などの選択肢がなく更に「待つ」ということ自体、特に決意するでもない様子であることだ。
一昔前であれば、そうした選択肢があがることは、あかりの父の態度や本文中に出てくる「そんでおまえはどうすんだ。あいつを待ってんのか?」という台詞と、それに対して「びっくりしちゃうなあ、その発想」と返すあかりの態度によく表れている。現実に、自身で仕事を持ち、生計を立てて自立しているあかりにとって、また神名にとっても、ずっと一緒にいること=結婚がゴール、ではないということが考えられる。
神名についても、あかりの対して、待っていてほしい、というようなことは口にださない。彼のなかには自身が自身らしくいるために旅にでるということが第一としてあり、やりたいことなのだ。そこに、あかりとの将来は、うっすらとあるのかどうかは描写されていないが、作中ではその印象は薄い。男性として、交際している女性への責任や、結婚という観点が、ここでもあまり積極的に意識されてはいないように思われる。
また、結婚とは別に、恋愛の捉え方についても、作中で登場するあかりの友人、百合がバリバリ働く女性で、これまで男性とお付き合いをしたことがない、という点に注目したい。百合は特にもてないだとか、男性が恋愛対象ではないという表現はされておらず、ただ、その機会がなんとなくなかっただけ、という理由で交際したことがないのだという。強いて恋愛をする必要もないよね、というメッセージがこの部分に込められているように思うのは、深読みのしすぎだろうか。
めでたしめでたしではおわらない結婚
作中では、現実世界と平行して進行する物語に関しても結婚について断片的に描かれている。
本来のあらすじでは、小説内の主人公は夫と苦難を乗り越え、領地を夫とともに統治する、というのが結末だ。
しかし、あかりの書き換えた物語では、夫は早々に戦闘で亡くなり、結果、主人公の女領主が苦難を乗り越えひとりで統治するという結末となる。更には、世継ぎを得る「手段」として、夫の親友と契りをも交わすほどの狡猾さをみせる。
強い女性、そういった印象を受ける内容だ。
ここでは、現実世界での神名との別れを意識したあかりが気持ちを昇華させるために書き換えた傾向が強く、この時点であかりのなかでの「こうあるべき女性像と、結婚に対する消極的な意識」が表れていると考える。
現代女性としての選択肢
ここまで、ふたつの物語の対比を結婚という点について考えてきた。これまでの考察で、あかりのなかで「好き」という感情の到着点は必ずしも「結婚」には結び付かないこと、また、特に選択肢として強く持っているわけではないことがわかる。
それは交際している神名も同様だということは、これまで述べてきた通りで、これは女性だけの話ではなく、男性の考え方も一昔前から変化してきたと捉えてもよかろう。
お互いに好き同士だが、互いに居たいと思う場所があり、やりたいことがあるのであれば、無理して一緒にいることもない。そうした、一種ドライな自立した考え方が、婚姻率が毎年前年を下回る現代の結婚観にも通ずる部分があると思われる。
因みに、余談だが物語の主人公は最後、どちらの子供かは明確には表現されていないが、世継ぎを生む。そして自身の夫やその親友を思い、子にもふたりの勇姿を語り伝えながら、周囲の助けのなか子を育てる。その様は、現代におけるシングルマザーともいえるだろう。その点に関しても、現代女性に通ずる強さが伺えてくる。
ここまで作中の内容に注目し考察してみたが、作者である三浦しをんも未婚であり、作家として生計を立てている点で、彼女の生きざまもある程度この作中には反映されていると考えてもよいのではないかと思う。
以上のことから、『ロマンス小説の七日間』は、まさに現代女性の恋愛事情、結婚観を顕著に現した作品だと思うのだ。
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