ふがいない僕は空を見たレビュー
総評
総評として、これは、とても面白い作品でした。ひとつの町の、何人かのうちの、ひとりを中心に5つの物語が語られるのだけれど、感情が爆発しまくっている。人間はいろいろなことを考えて生きているのだと感じさせられる。そして誰しも心の中にやっかいなものを抱えていきているのだろうなと思わせる、そんな作品だった。だけれど、決して暗くはなくて、そうこれが現実であり皆それを受け止めて生きていくのだと、しっかり前を向いた作品だったので、良かったと思いました。
主婦と高校生
主婦と高校生の、体から始まる恋愛を描かれているのだけれど、読んでいくうちにどんどん変化していく高校生の心情が手に取るようにわかってグングン引き込まれていきました。こんな強烈に引き寄せ合ったふたりなのに、立ちはだかる壁が大きすぎて、切なくて、悲しくて、なんとも言えない気持ちにさせられました。
姑に不妊治療を押し付けられる主婦
こんな毒親そしてこんな毒夫、います。現実にいます。だからこそ生々しくて、だからこそ主婦の浅はかな淫らな行為も肯定してしまうのではないでしょうか。この姑と夫の事を知ってしまったら、だれも、なにも言えなくなるのではないでしょうか。主婦が、いじめられることを苦にして、働きに出たくない、身内も帰るところもない、だから嫌々ながらも仕方なくその家に置いてもらわないといけないと思う気持ちもとてもよくわかります。そこは主婦のずるさでもあると思います。だけど、最後に彼女は離婚させてくださいと土下座までしました。彼女は、大嫌いな仕事に就いてしかも昼夜の掛け持ちまでしようとしていて、さらにそんな妄想で浮かれていたなんて。あまりにも、彼女の恋心が本気すぎて、少しだけゾッとしました。
痴呆のおばあさんと高校生
このお話に登場する高校生の男の子は、なんとも不遇な子供でした。なぜ、この子は真っ直ぐに育ったのだろう、おばあさんの面倒をみて、新聞配達をして、学校へ行き、ご飯の準備をしてあげて、夜は夜でアルバイトをして、帰ればまたおばあさんのお世話をして…考えられません。私だって無理です。大人ですけれど。だけど、読み進めるうちに、なぜこの男子高校生がグレずに、真面目に、真っ直ぐに育っているのかだんだん理解してきました。この子には、グレる余裕すらなかったのです。そんなヒマはないのです。痴呆のおばあさんを探さなくちゃならないし、働かないと生活が成り立たない。彼の強さは一体どこからきているのでしょうか。そのこたえもまた、小説のなかにありました。同級生で同じ団地に住む女の子。彼女とは幼なじみでお互いの生活をずっと見てきました。彼女をひとりにすることはできない。その思いで、団地で頑張ってこれたんじゃないか、と私は思います。だからこそ、今も昔も変わらずに、彼女がわるいことをしていても、否定しない。否定しないどころか、加担する。そういうある意味での絆が、彼を支えていたように思います。唯一信頼できると思い始めていたバイトで知り合った男性は、その性癖がゆえに捕まってしまいます。母親は彼氏と暮らしており、そのうちお金を無心してくるようになり、最後にはとうとうバイトで貯めたお金すら引き出されて持っていかれてしまいます。そのときの悔しさ、口惜しさ、悲しさ、不甲斐なさ、言葉に言い表せないたくさんの負の感情が押し寄せてくるはずです。だけど、彼はこう思うんです。絶対いい大学に入ってこの街を出て行ってやるんだ、って。彼のこのバイタリティ。脱帽です。
女子高生とその兄
主婦に恋する男子高校生のことを好きな女子高生。彼女は本当に貪欲で、可愛くて、素直で、高校生らしい女の子です。そんな可愛らしい女の子にだっていろいろあるんです。母親が更年期障害という若い女の子には未知の世界の病と闘っている。兄は引きこもり。母親の作る料理を美味しいと言って食べてあげることが唯一できる親孝行だと思って我慢していたに違いありません。コンビニのお弁当でいいのに…は、コンビニのお弁当のほうが気を楽にして食べられるよ、ということでしょう。彼女は、更年期障害という病気がどういうものか理解しようとしない、自分のことでいっぱいいっぱいなどこにでもいる、普通の女子高生なんです。そんな可愛い子だからこそ報われて欲しいのですが、なかなかそうはいきません。自分に好意を寄せていると思っていた男にまで、違う人が好きだと言われてしまいます。悲しい。そんな悔しさもよく表現されています。あるある、ですよね。だからこそ生々しいのでしょう。面白いのでしょう。お兄さんがいたという宗教団体のような団体はわたしは聞いたことはありませんが、宗教問題も深く、現実のわたしたちにも根差していますよね。そこに入ってしまう若い子の気持ちも、這いずり出す大変さも、よく描写されていました。お兄さんは頭がよすぎて超越してしまった感じがありましたが、こういう宗教的なものに陶酔してしまうことは、きっと珍しくなんかないのだと思います。そこから抜け出してからの、社会復帰の大変さも、葛藤もよく書き表されていました。
シングルマザーの助産師さんと息子
ちょこちょこ登場してきていた、主婦と恋に落ちてしまった男子校生のお母さん。それが、シングルマザーの助産師さんです。助産師さんという仕事をはじめたきっかけや、助産院を創立するまでの過程、若いころの過ちや息子の父親について…抱えているものが大きすぎました。大きすぎて、漢方の先生がいてくれてよかったと心底思いました。だって、そうじゃなきゃ助産師さん、報われなさすぎでしょう。不倫の関係を持ったことのある自身の経験と、今その渦中で苦しんでいる息子の姿を重ねてさぞ辛かったことでしょう。きっと、手紙や動画を作成した人物を探したりやめさせたりしたかったでしょう。だけどそんな暇なんてないのが現実で、息子がいなくなってもお産のために何時間もの間、迎えに行けなかった。それでも、生きていくために、たくさんの命を生かすために、彼女は働き続けるのです。かたや子育てに悩むひとりの母親の顔も垣間見ることができます。小さい頃からの育て方、これでよかったのかと思う気持ち。父親をとりあげてしまったという積年の思い。自分の知らないところで大人になっていく息子への気持ち。だけどすべて助産院である自宅での彼の妊婦さんへの対応で、間違っていなかった、と悟るお母さん。紛れもなく優しく成長している息子への気持ちが溢れ出すシーン、大好きです。元旦那のダメっぷりを責めず、それを責めた自分を責めているところに、彼女の寛大さを垣間見ることができました。そして、困ったという元旦那さんにお金を渡している。ここでふと、思ったのは、もしかしてこの旦那が、痴呆のおばあさんと暮らす男の子の母親の彼氏なのではないか…ということ。お金に困っていることや、近くに住んでいることを考えるとちょっと辻褄が合ったりして…。もうこれっきりにしてねというお母さんに対して、ああ、と言っているところからしても、この後ふたりで夜逃げをする予定なんじゃないのかしらと思わずにいられません。ひとりのお母さんであるまえに、赤ちゃんみんなの味方の助産師さん。その生き様がカッコ良すぎて、また彼女の話を読みたいなと思いました。お母さんだからって、何にもなくないのよ、お母さんだからこそ、いろんな経験してきているのよ、といわれている気がしました。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)