荻原浩節(おぎわらひろしぶし)が炸裂の短編集
「さよなら、そしてこんにちは」とは
荻原浩の書く小説は、ほのぼのしたりとか、にやりと笑ってしまったりとか、決して大笑いするのではないのだけれどなにか頬が緩むような作品が多い。ハッピーエンドながらもなにか切ない感じであったりとか、バッドエンドなんだけれど何か少し、完全なる絶望でなく少しゆるいというか。どちらにしても、読み終わった後に確実に自分の中で癒されているものがある。
「さよなら、そしてこんにちは」は7つの短編が収録されている。そしてタイトルともなっているこの物語は、主人公が葬儀屋に勤めている。そして出入り先の病院では、まさに自分の妻が出産のために入院しているのだ。この話は葬儀屋の仕事がメインにかかれているのだけれど、病院に出入りしている葬儀屋が複数いるというくだりであったりとか、主人公が勤める葬儀屋の社長が話すセリフとかが実に腑に落ちて、リアルを感じさせる。またこの主人公。葬儀屋の社員であるからゆえに、彼も人の死に感情移入しないようにそれなりの対処法を身につけてはいるが、結構それが崖っぷちの男。泣いてしまいそうなとき、笑ってしまいそうなときに別のこと、それは産まれてくる自分の娘のことを考えること…。彼のように常に死にかかわって生きている人には、産まれてくる新しい命にどれほどの思いを感じるのだろう。
ブレのない個性あふれる登場人物
作詞でもよく聞くけれど、経験しないと書けない人と書ける人がいると言う。荻原浩は確実に後者ではないだろうか。彼のつむぐ短編にでてくるすべての人に現実的な違和感がまるで感じられないし、逆に「あるあるある」とうなずいてしまうセリフや行動が満載なのだ。それは、括弧書きのセリフが続くときによくわかる。下手な小説だとそれが続くと、誰が言っているのかわからなくなる(そして最初にこれを言ったのは誰それだから、これはこの人か…などと指差し確認をしなくてはならなくなる。それをしなくてはならない小説がどれほど多いことか。)。荻原浩の書く小説にはそれはない。実にその登場人物の個性がきちんと出来ていて、彼がそれを完全に把握しているからこそ、その行動やセリフにブレがないからだろうと思う。
そしてその登場人物たちは皆、愛すべきひとたちである。この短編集で言うと、「ビューティフルライフ」の夫婦。その子供たち。エコライフをめざして農業をやるといって東京から出てきた家族にとって、田舎は決して優しいところでなかった。それでもわあわあ言いながらも立ち向かっていくところ。ちなみにこの子供たちは田舎暮らしに決して協力的ではない。常に言い合い、小競り合いがあってそれが逆に現実的で感情移入しやすい。「スーパーマンの憂鬱」。スーパーで働く営業の人たちはやはりこのような涙ぐましいをしているのだろうか。たしかに昨今の健康への情報の入り乱れようはひどいものだが、それがスーパーで陳列すべきものを決める要素となるのでは真剣にならざるを得ないのか。本人は真剣なのに、なぜかユーモラスさが漂う。「寿し辰のいちばん長い日」。材料自慢、腕自慢そして客にもえらそうな口をきく主人公。グルメ評論家と思しき人物が来たのではと思い、張り切りすぎて…なのだが、この主人公、なぜか憎めない。客にえらそうな御託を並べ、一見さんにはどこまでも冷たいのにそう感じさせるのは、それはやはり荻原浩の力だろう。
個人的に一番好みなのは「長福寺のメリークリスマス」。若くて派手(あくまで見た目では)の奥さんをもらった住職が、奥さんにクリスマスを祝いたいとねだられて一度はとんでもないと跳ね返すのだが、やはりそこは奥さんを喜ばせたい、また子供の笑顔を見たいと、変装(この場合の変装は、袈裟を脱ぎ、年相応の服に着替えただけのように思うのだが。)クリスマスツリーを買い、ケーキを買い、その道中になんと自分のお師匠さんに出会う話。このお師匠さんのはっちゃけぶりが見所。他にもいろいろなことを言いたい短編はあるのだけれど、ここに収録されている話に共通しているのは、一生懸命仕事しているところ、そして自らの愛すべき人たち(職場にいる人だって、その範疇にはいってもおかしくない。)に、ちょっといい格好をしてみせたくてついつい頑張ってしまった結果…というところだと思う。そういう身近な理由だからこそ、わかりやすいし、感情移入もしやすいのが荻原浩の話だと思う。
荻原浩の書く子供
また「美獣戦隊ナイトレンジャー」ではイメージの崩れたヒーローに泣きそうになってしまう幼児の表現があるが、そこだけでなく、彼の書く子供には特別な愛らしさを感じる。その表現はもちろんのこと、恐らく彼が子供(自分の子供どうかは別にして)に限りなく愛情を感じているからだろう。そのような愛情を感じるので、悲惨な過去であったりとか経験をその子供がしてしまうと、私はかなりへこんでしまう。荻原浩の別の本では「千年樹」が、私にとってはそれだった。それゆえ、名作ではあったけれど名作すぎて、私にとっては2回読みたいと思えない珍しい本になっている。
それくらい彼の書く子供の表現は私にとって、センシティブというか慎重になるというか…。このあたりは子供をもった母親特有のものもしれない。
ともあれ、「さよなら、そしてこんにちは」はその短編はもとより、タイトルとしても秀逸だと思う。だってみんな人生は「さよなら、そしてこんにちは」の繰り返しなのだから。
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