スピンオフなのに本編の良さが薄い。読み手を選ぶ作品。万城目流小細工上手は健在
正直、最初はどうよ?と思った
万城目学のデビュー作「鴨川ホルモー」は実に面白かった。オニバトル=ホルモーとコミカル純愛が実に程よくブレンドされていて読み味の良い作品に仕上がっていた。
本作はそのヒットを受けてのスピンオフだ。「鴨川ホルモー」刊行から1年半しかたっていない。本編がボイルドエッグ賞を受賞してのデビューという事もあり、話題と販売数に勢いがあるうちにもっと売っておけ、という商業性の表れかもしれない。
そのものがなかなかデビューに至らなかった過去の反省から、「鴨川ホルモー」は売れる方法を考えて書いたという趣旨の事を言っているので、そもそも商業性に根差すことは抵抗が無いのだろう。
本作は意図的に本編とはテイストを変えているようで、不思議度を押さえ、「「恋」をテーマに置く、と最初に決め」たらしい。(出典:本の雑誌社 作家の読書道インタビュー)
そもそも娯楽性が強く気楽に笑って読む系統の話なので、そのスピンオフともなると更に読み味が軽い。本作単体で読めるようなものではないので、まあ本人作の2次創作的キャラクター小説と理解していいだろう。
そんな訳で本編が面白かった人はついでに読んでね、という仕上がりになっている。
表題に「読み手を選ぶ」と書いたがそれはどのあたりか?
当然、読み手の大半は「鴨川ホルモー」を読んでいるという前提がある。この時点で読み手をまず選ぶ。(逆にスピンオフから手に取ってそこそこの評価を与えた人は本編を読むだろう。それはスピンオフ元来の商業目的なのでここでは語らない)
次の篩(ふるい)は意図的な読み味の変更に耐えられるか、だ。
「鴨川ホルモー」は安倍の恋の行方に幾つもの伏線が張られ、恋愛ものでありながらもジェットコースター感があった。更にホルモーの試合にもいくつもの仕込みがあり、展開を盛り上げつつ楠木のキャラクター性を強調していたが今回はそのあたりもほぼ無くなっている。そのため本編の「読み味」を求めた読者にはちょっと物足りないだろう。
もう一点、表紙からして楠木ふみが登場するのは当然であり、読者はそこを最も期待して読むだろう。それに答える「ローマ風の休日」がまた少し物足りない。この話は本編の中間部分の時間を切り取って書いているため読者には結果が読めている。イタリア料理店というあまり楠木のイメージに似合わない場所も彼女なら何らかのスーパープレイを見せるだろうというのも予想がつくし、「少年」の恋が叶わないのもわかり切った話だ。そんなわけで彼女のキャラクター性を「補強」する話では合っても、「発展」させる話ではない。いわゆる2次創作同人誌的な展開なので読者は最も期待した部分で肩透かしを食らう事になる。
更に本編登場キャラはちらちらと気配は見せるもののほぼ活躍しないので、その辺りもちょっと肩透かしだ。本編の魅力は「キャラクター性とオニバトルの相乗効果」と私は考えている。(興味がある方は本サイトの「鴨川ホルモー」のレビューをご覧いただきたい)
それなのに本作はスピンオフでありながらその魅力を放棄しているので、似ているのに違うものとして仕上がってしまった。やや残念な結果である。
それらを踏まえて、残った読者が本作を評価していると思われる。それは純粋な「万城目学ファン」、または何でもいいのでホルモーに関わる話が読みたいという「ホルモーファン」、もう一種類考えられるのは何気なく楽しそうな表紙とタイトルに誘われて手に取ったライト恋愛小説好き(これはマニアやファンではあるまい)の方々だろう。
と、イマイチポイントばかり列挙したがもちろん良い点もある。次節ではその点をピックアップしたい。
本編や各短編が少しずつオーバーラップする仕掛けはさすが!
前述の「ローマ風の休日」はメインキャラ楠木が出るので本編ファンとしては読みやすいがその他のエピソードは本編のキャラが中心ではない。正直「どうでもいいわ」と言いたくなる設定もあるが、本編のキャラや設定が微妙に交差するところは万城目氏の小細工上手(失礼な言いかたかもしれないが褒めてます 笑)がさく裂する。特に上手いのは「もっちゃん」だ。
語っているのが「安倍」だとわかるので本編主役の「安倍」かと誰もが思う。話の中途で彼は大学を卒業して結婚しているところまで描かれる。この「妻」って楠木か?でもなんかキャラが違うような・・・と思わせておいて「安倍」があの「安倍」ではなく居酒屋「べろべろばあ」の店長であることがわかると、なるほど、と誰もが手を叩くだろう。この仕掛けはさすがである。更に昔の話として投げっぱなしにしないところもいい。読者は安倍と楠木を思い出してしまったので二人が一緒にいるところを見たくなるのは当然だ。そのタイミングを逃さず、二人が同席するカラオケ屋のワンシーンを挿入する読者サービスは「上手い」と唸らされる。
他にも芦屋の元カノとか高村と細川珠実の邂逅とか、本編キャラ登場を上手に挟み込んで飽きないようにしているあたり、その後も次々と映像化や漫画化される万城目氏の商業性との相性の良さをうかがわせる。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)