ダメ男子+ひとめぼれ+実は可愛い眼鏡女子=王道+王道 - 鴨川ホルモーの感想

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鴨川ホルモー

3.503.50
文章力
2.50
ストーリー
3.50
キャラクター
4.00
設定
4.00
演出
2.50
感想数
1
読んだ人
7

ダメ男子+ひとめぼれ+実は可愛い眼鏡女子=王道+王道

3.53.5
文章力
2.5
ストーリー
3.5
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
2.5

目次

万城目作品随一の切れ味!

2006年発表の万城目学デビュー作。私は万城目氏の作品を何作か読んでいるが本作が一番気に入っている。何と言っても読み味が良い。本作同様に映像化された「プリンセス・トヨトミ」はちょっと壮大っぽさだけが先行して中身が弱いし、「偉大なる、しゅららぼん」は作品世界に乗り切れない。

本作もオニの表現が文章のみではわかりにくい気はするが、そのシーンは飛ばしても読めるし、それを払拭する読み味の良さがある。今回はその魅力がどこから来ているのか考察したい。

キャラクター性の王道

本作は何と言ってもキャラクター性とオニを率いて戦うゲーム性が魅力だ。まずキャラクターに絞ってその魅力を考えよう。

主人公安倍の目線で描かれるので彼自身のダメっぷり、トホホ感は誰もが感じるところだが、振り返ってみれば全登場人物がダメキャラとも言える。友人高村は言わずもがなで、前半では女神のように評される早良京子も実は嫉妬深い激情家だ。計算ずくの小悪魔キャラかと思えるシーンもあるが、実際は刹那的でセルフコントロール不能の爆弾娘として後半になるほどアラが描かれていく。他人に迷惑をかけた上に自己の望みも十分にかなっていないという意味では最もダメキャラ度が高いかもしれない。

芦屋、菅原らもいろいろ問題がある人間だが、ヒロインであり後にスーパーホルモープレイヤーとなる楠木ふみもまた思うように感情表現が出来ずコミュニケーションに問題がある。

このようにダメキャラの集団ともいえる陣容で、後半までトホホの嵐で話は進むが、1夜に3重の「ひとめぼれ」が起こっていたこと、ブサイクそうなメガネ女子が実は超かわいい、そしてその美少女が予想に反して自分の事を想っていた、などの展開で話は一気にエンターテイメント小説の王道に傾く。

要素的にはちょっと昔の少年漫画で使い古された感はあるが、良い要素は有効だからこそ多用され、多用されるからこそ陳腐化するのだ。

恋愛、友情、ダメ主人公の覚醒、など揚げ要素を後半に一気に詰め込み、しかし最後は勝負には負けて若干トホホ側に戻すあたりも好感が持てる。

安倍が楠木の想いで覚醒して宿敵芦屋に完勝する、という展開も考えられるところだが、そのようなヒーロー性を持ち出さないところこそが万城目作品の読み味の良さだろう。 

オニを率いて戦うゲーム性

上記の人間模様で十分に面白い本作だが、オニを率いて戦うというゲームテイストをプラスしている点もまた魅力の一つだ。

オニが単体で個性を持っていたら、「ジョジョの奇妙な冒険」のスタンドバトルになるのだろうが、本作は違う。彼らは無個性であり、「勝敗は戦略・戦術により決定する」という設定が登場人物の個性を引き立てている。

劇場版では画面の面白さを優先したためか、使役者の個性を投影したオニが出てくる。(楠木が率いるオニは眼鏡をかけている、芦屋のオニはマッチョ、など)これはまだ許容範囲だが、許せないのは「戦略性による勝利」という図式を放棄してしまったことだ。このため肝心のホルモーシーンがあまり盛り上がらないことが残念だった。追い詰められる安倍と追う芦屋と言ったシーンでも、主人公たちはオニ語を繰り返すばかりで展開が単調になり、京の町を駆け抜ける、というシーンくらいしか見所が無い。

だが、原作では、この戦闘シーンこそが面白い。

楠木が戦術の天才、という設定が素晴らしいのだ。この戦闘シーンは田中芳樹の「銀河英雄伝説」を参考にしているのだろう、と初見で想像したが、やはり万城目氏はこの作品を熟読しているとの情報をのちのインタビューで聞き、予想が当たった喜びにニヤリとしたものだ。

オニは操り方で強くも弱くもなる、という設定が物静かだが論理的な楠木ふみというキャラにベストマッチしているため、楠木の魅力とホルモーの面白さが対になって膨らむ。

残念ながら劇場版では眼鏡をはずせば美人、という部分以外は楠木の意外性が無く、最終決戦前に「私が安倍を勝たせる」と言っておきながら、戦略や陣形を無視して早良京子を討ちに行くという展開は全く納得いかないものだった。しかもこの時「ジコチュー女を討つ」と明言しており、それはもはや私怨でしかない。

劇場版と小説の両方見れる方は是非このシーンを見比べていただきたい。「安倍を勝たせる」という誓いを守るため、オニの弱点を探り当てた小説版の展開はそれまで謎に包まれていた楠木が圧倒的にヒロインになるシーンであり、男性読者全員がぐっとくる。

そしてこの無敵のヒロインが何故かダメ男安倍に恋している、という設定こそが本作の最も味がある部分なのだと思う。

これを捨ててしまった劇場版は実にもったいない。エキゾチック美人:栗山千明を目立たないオタク女子として扱った、というキャスティングのみで満足してしまったのだろうか。

原作小説の唯一残念な部分を上げるとすれば、楠木が眼鏡が割れたまま最終決戦に挑んでしまうシーンだ。好きな安倍の前で割れた眼鏡をかけるのがみっともない、という趣旨の記述があるが、彼女のキャラクター性を考えれば、見た目を気にして苦境に立つ、というのは納得しがたい。ピンチになってから仕方なく眼鏡をかけるが、優れた戦術家である彼女であれば最初から完膚なきまでに芦屋を粉砕する道を選ぶのが妥当ではないか?

眼鏡が割れるのを試合開始直後、阿部か高村のミスにより劣勢に陥り、それをカバーするため割れた、とかであれば良かったかもしれない。 

いずれにしても私は本作に対して、万城目不思議ワールドの処女作でありながら最高作という評価を送りたい。

 

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