いろいろともう少し…
美しい静止画の数々
文庫版の表紙折り返し作者紹介欄に「秀麗な絵」と書いてあるが、まさにその通りで、美しい絵に何度もページをめくる手が止まってしまう。
人物も美しいが、背景がまたディテールまで美しく描かれている。登場する背景もイギリスの寺院だったり中国の宮殿だったりと、目をたのしませてくれる。
美しさの一方で
ただ、人物は確かに美しいのだが、それはボディラインや姿勢の点で、顔は…似たような顔の人物が多い。特に物語の中で「イケメン」と称される人々は。サットンや楓と桂、ドナー時代の守や、それにもちろんマギー(そんな趣味はないのだがマギーのハイレグには見とれてしまう。そもそもあんな格好をしているのはおかしいのだが、絵が美しいので許してしまう)は個性的で、他の人物と間違えることはなく、サットンなどにいたっては体つきも他の人物と違って、巨体のアメリカ人らしいのだが、ミラーと由と昂は髪型を変えたら同じような顔をしている。実際、寝起きの晶がミラーと由を間違えたことがある(「由を起こすときはいつもあんな情熱的に?」というシーン)。私は読みはじめのうち時々、碧と晶を間違えた。何度も読むと碧の方が目が大きく童顔であることを実感してくるのだが。
登場人物の描き分けという点から言うと、作者の新作「秘密」の薪室長も「少年と間違うようなキレイな顔」で、過去作品の誰かと重なってしまう。いくらキレイな顔だからって、重大事件の取材に来た記者が見とれたり(「秘密」)、会う人会う人みんなを狂わせるほど魅了したり(「輝夜姫」)するだろうか。
細かなつじつま
私は本作1巻を読んだだけで、謎の部分が気になって残りもせっせと買い集めてしまい、絵の美しさを楽しんだこともあり、それなりに含蓄もあり、集めたことや読んだことを後悔しているわけではないのだが、前述のような腑に落ちないというか微妙に筋が通らない点がちょこちょこと気になってしまう。
- 最初の飛行機事故で彼らが死んでいたら宝物の採集ができないのでは?
- 16才になったら臓器移植の必要が少なくなるということはないだろう
- 帝はミラーに憑依する能力があるのに、その後誰にも憑依しなかったのはなぜか?
- 臓器の大きさを同じくらいにするため、同年齢でドナーを誕生させておいたほうがいい気がするのだが…
- 下院議員やノーベル賞学者にそれほどの権力があるか?
- 神淵島は外界と遮断されているのだから、わざわざ外に連れ出して殺さなくても島内で処分したらいいのでは?
- 桂、脳を摘出したら自殺の恐れもないから拘束する必要はないような…
桂の拘束といえば、その拘束姿や碧の植物状態時の姿、ドン・ベラミーの治療シーン等など、作者のディテールを描ききる力で(リアリティはともかく)とても迫力があってショックを受けるほど心に訴えかける。楓の錯乱時の幻覚や、「秘密」で描かれる精神世界などを見ると、精神科領域の知識を学んだ上で描いたのかなという気がする。
今市子の「百鬼夜行抄」のように、全体が幻想的でつじつまを求める作品ではないのかなと思ったこともあるのだが、作者自身が直筆で注釈をつけていることを考えると、やはり「ファンタジー」ではなく「SF」と捉えるべきなのだろうから、ある程度のつじつまは合ってほしい。
作品からのメッセージ
最初に書いた文庫版の作者紹介に「メッセージ性が強い」とも書かれていた。その通りで、臓器移植や胎児売買、特権階級の差別意識などについて問題を投げかけているように感じる。特に親子関係については、引き取った子に「ママと呼ばないでね」と言う養母(障子さん)や実の娘よりも晶の命をとる柏木、息子を臭い労働階級呼ばわりする父親などを登場させつつ、「育てなければ産んだだけでは親とは言えないだろ」という言葉が示され、本当にその通りだと思う。惜しむらくは、守備一貫しないストーリーのためにそれらのメッセージが伝わりにくいことだ。まるでキレイな登場人物の着飾った絵と、グロテスク(でも秀麗)なシーンと、ハリウッドのようなアクションシーンを描きたいがためにストーリーを書き換えているような節操のなさを感じてしまうのだ。コマ割についても、悩める晶の美しい立ち姿を見せるためのコマ割で、全体のバランスを欠いていると思う部分などがある。
ただ、晶を引き止めるために自分の体を軽々しく傷つけていた (ワガママだし、物語途中まで本当にキライなキャラクターだった)のに、親しくもない碧に命を救われ、晶への執着心と歪んだ愛情と独占欲を断ち切って「つまらない生き方をしてはいけない」と気付いまゆと、そのように 自分を犠牲にしながら「殺人をして鬼になって新たな復讐心を産んではいけない」と身をもって示した碧からは、確かなメッセージを受け取った。胃癌と喘息に苦しんでいるのにドナーとして命を狙われ、由へのコンプレックスを抱えながら由への切り札として狙われてしまう碧だからこそ、このメッセージに説得力がある。
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