悲しすぎる物語 - 鏡は横にひび割れての感想

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鏡は横にひび割れて

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悲しすぎる物語

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
4.0
キャラクター
3.0
設定
4.0
演出
3.0

目次

身近にいそうな登場人物たち

この物語の特徴は、登場人物がイギリスの村にいかにもいそうなリアリティのある描写がされていることです。特に、女性陣の描き方にものすごい洞察があります。この点は、名探偵ホームズのように、証拠物を集めたり虫眼鏡で調べたりするのとも、ポワロのように誰もが気づかない小さな遺留物や態度にふと違和感を感じそこから灰色の脳細胞で論理的に組み上げるのとも全く違っていて、物語は主におばちゃん達の会話や噂話によって進みます。マープルはただ穏やかに聞いているだけ。それなのに登場人物たちの話を総合していくと、そこに憎しみの生まれ得る不穏な人間関係が浮かび上がってきて、のどかな村に見えていたのに裏側にはうずまく感情が交錯していることがあぶり出されます。特に今回においては、親切や善意や無邪気さも、押し売りすれば耐えがたい苦痛を他人に与えることもある、と象徴されるような不愉快なおばちゃん達が出てきます。親切で良い人なんだけど、なぜかそれが息苦しくて耐えがたい、私の身近にもいるそうした数人をありありと思い出してしまうほど、時代をこえた的確な描写でニヤリとしてしまいます。

テニスンの詩をなぞらえた設定が美しい

のどかな村に別荘をとやってきた、精神的にもろく不安定で、だからこそ女優として高いパフォーマンスをなしえた、不幸で美しいマリーナと、彼女を献身的に愛する映画監督の夫ジェースン。この2人が、テニスンの詩に出てくるシャロット姫とランスロット卿にたとえられています。鏡は横にひび割れて、という表題はまさしく、シャロット姫が自分の身に死の呪いを受けてしまった瞬間を指しています。マリーナにおいても、彼女の精神を非常に蝕み自責の念に苛まれ続ける原因となった人物を実際に見てしまった瞬間に対応しており、ミス・マープルによって真実が告げられた時に、タイトルの意味がグッと心に刺さる効果をあげています。

イギリスの当時の時代を社会的にも感じられる

第二次大戦後のイギリスが舞台で、新興住宅が立ち並び、かつての村の住人とは違う人々がどんどん入ってきて、古き良きビクトリア時代が失われていくことが風刺されています。昔はイギリスの村と言えば、昔からの家柄ばかりで、村人においても、気に入らない人、合わない人はいても、素性の分からない人はいませんでした。それが区画整理され、新興住宅が増え、過去何をしていたか分からない人々だらけになってコミュニティが崩壊していく恐怖は、アガサクリスティー本人も非常に憂いていたことなのかもしれません。こうした感覚は、日本人とはまた違う風土を感じます。あえて19世紀の詩人、テニスンを持ってきたのも、もう戻れないイギリスの昔ながらの文化風習や人々の交流を思ってのことなのでしょうか。

そのほか、物語において、当時はまだ研究され始めたばかりであった、トラウマや、フラッシュバックについても意欲的に組み込んでいます。人間心理の奥をえぐり、関わる人々の心理状態が苦しくなるほどあぶり出されるけれども、誰も激昂することなく文体もまた登場人物も淡々と、強い感情を内面に含みつつ自制して進んでいく様子は、イギリスの国民性をとても表しているようにも感じます。

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