美しい小説 - 天使の梯子の感想

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天使の梯子

3.503.50
文章力
4.00
ストーリー
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キャラクター
4.00
設定
3.33
演出
3.00
感想数
3
読んだ人
3

美しい小説

3.03.0
文章力
4.0
ストーリー
3.0
キャラクター
4.5
設定
3.0
演出
1.5

目次

高校教師との再会

この作品はこの作家の『天使の卵』の続編として出されている。しかし、前作を知らなくても十分楽しめるものだ。主人公は両親が離婚して、祖父母の元で育てられた少年。慎くんは物事を斜に構えてみる大学生。彼がケーキ屋さんでアルバイトをしているときにお客としてきたのが、昔の国語の教師であった夏姫さんだった。一年ほど彼らの担当をしてぱったりと教師を辞めてしまった夏姫さんに再会して、慎くんの胸は高まる。しかし、声をかけることなくお客と店のものとしての距離を保ち続ける。しかしある日、夏姫さんがお店で彼氏とけんかしているところに遭遇。その助けをするとともに、自分が元生徒であることを明かしたところから、二人の距離は少しずつ縮まっていった。憧れていた先生とプライベートで会い、8歳年上の彼女ができた慎くんであったが、夏姫さんのなんとなく距離をおいた態度に不安を感じる。さらに夏姫さんには歩太という仲良さげな男の存在があり、その存在が慎くんにさらなる疑惑と不安を呼び起こす。

青年の生い立ちと不安。大人の女性の過去。

慎くんは両親が離婚していて、理髪店を営む祖父母の元で育てられた。母親はたまに慎に会いに来た。そしていつも同じ言葉を置いて去っていくのだった。「いい子にしていればまた来るから」と。その言葉を胸に慎くんはいつもいい子をして過ごしていた。いい子でいれば母親が会いに来るのだと、そう思って。しかしある時気付いたのだった。母親は一度として「迎えに来る」とは言わないことを。そう、彼女はすでに新しい生活をしていてそこに慎くんが戻る居場所などなかった。そのように育ったがため他人に対して一線を引いたような接し方をしていた。それは夏姫さんにたいしてもそうだった、その立ち入るべきでないことは立ち入らないところが慎くんのいいところだと夏姫は気に入っていた。彼女は慎くんと恋人同士のような過ごし方をしながらも決して恋人だとは言わなかった。それは彼女の過去がそうさせていたのだった。大切なところは立ち入らせない夏姫さんと過ごしているうちに自分は本当に夏姫さんにとって恋人なのか不安になる慎くんは、ほかのことにはクールなのに年相応らしく不安になるさまがかわいらしい。立ち入りすぎないところが美徳、と言われていた慎くんだったがつい夏姫さんのケータイを盗み見てしまう。その時の嫉妬の気持ちや、焦り、でも彼女本人には問いただせないところがまだ青みのある青年の揺れ動くの心理を見事に表現していると思う。

年上の彼女の余裕を見せながら年下の彼氏が彼女を大切にする関係性がとても美しい。夏姫さんの願いで同じ部屋で夜を過ごしても泊まることはなく、毎回夜中に歩いて帰る慎くんはとてもいい子でいいようにされているように見える。しかし、慎くんからの多数のメールにちゃんと返事をする夏姫さんは少女のようで年上というところを感じさせない。さらに慎くんを育ててきた祖母が急死してしまったとき、夏姫さんは初めて泊まることを許して、一緒に時間を過ごす。そのことが彼にとって必要だと、(同じようなことがあった時自分がそうしてもらいたかった気持ちもあるだろうが)知っての気遣いだった。さらに急に一人で暮らすようになる彼のために、家に行きさみしくなったら自分とのキスを思い出すようにとする場面はそれだけで彼女に心をわしづかみにされてしまう。そのような二人の恋愛の形がとてもきれいで、お互いがお互いを好いているからこそできる関係性だろう。お互いの気持ちを尊重できている行動の数々が見て取れた。しかし、それだけ夏姫さんも慎くんを大切にしているのにそのことに自覚がなく、物語のクライマックスで歩太に指摘されてようやくそのことに気付く。そうして過去を手放して、本当の意味で慎くんのことを好きだと思えるようになるのだった。

美しい表現

透明感のある文章の書き方が村山由佳の特徴だ。天使の梯子、というタイトルからして美しさがにじみ出ている。天使の梯子とは、雲の切れ間から太陽の光が差し込んで天から梯子が伸びているように見えることから、その表現が生まれた。この天使の梯子を使って亡くなったばかりの祖母が天にいけるだろうかという慎くんがいうところがなんとも光に満ち溢れたような想像をさせる。祖母と花見に行くのが毎年の恒例行事だったのに、桜の花を待たずにして亡くなってしまった祖母を思い慎くんが悔しさをにじませた言葉をいう場面がある。そこで昇天した魂は東から西に向かっていくのだという夏姫さん。桜の花は西側のほうが先に咲く。きっと花見をしてから天に行ったんだね、と笑いあう二人はとても美しい。クライマックス後の過去を清算してわだかまりがとけてからの夏姫さんと慎くんはそれまで以上にお互いのことを大切にしている様子が読者側からもみてうかがえて、胸をなでおろす思いになる。このような小さなやり取りからも夏姫さんの感性の豊かさや言葉のチョイスの美しさが出てくる。村山由佳の透明感は随所で感じられる。

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