児童文学として扱うべき本
目次
紫苑とネズミ、その愛をボーイズラブと扱わないでほしい
『NO.6』の主人公、紫苑は男性である。彼の12歳の誕生日に部屋に飛び込んできたネズミもまた、男性だ。この時点ではネズミが華奢で長髪だったこともあり、暗い中で紫苑はネズミを男性だとは認識できなかった。しかし、物語が進めばネズミは男性であるということは明記されている。
紫苑はネズミに対し異常な好意を持っていたと読み取れる。「君に惹かれている」と本人の口からも証言されており、キスシーンも含まれている。彼らの関係は恋愛だったのか。
この作品をボーイズラブとして読む人は確かにいる。アニメ化もされたが、特にアニメではボーイズラブの色が強く、原作もそう扱われることが多い。
しかし、私は2人の間に恋愛感情があったとは思っていない。
紫苑はネズミのことを酷く知りたがった。相手を「知りたい」と思うことは一種恋をしていることに似ているかもしれないが、紫苑が求めているのは「知識」そのものである。クロノスの環境下で退屈していた紫苑にとっては、ネズミという存在が好奇心の対象だった。
紫苑にとって「知らないことを知る」ということは、まさに本能そのものだった。知りたいと思ったことをとにかく追求することが、彼の人生であった。しかしネズミは彼が知りたいと言っても簡単には教えてくれない。
クロノスでは経験してこなかった、知識を得られないという状況に、恋と同じようなドキドキを感じたのだろう。クロノスの住民が失ってしまう興奮を、ネズミは与えてくれたのだ。
しかし、作者あさのあつこ自身が、この2人の関係は恋愛ではないと公式ガイドブックで明言している。同性特有の、言葉では言い表せない関係だと。
ただの友情ではない。むろん、ボーイズラブでは決してない。
キスをした理由も、母が子を愛するように、恋慕ではない愛を込めてのキスだったように思える。お互いに影響を受け合い、唯一無二の存在として認めている。
男性2人が仲良くしていたらボーイズラブである、という安易な見方をしてはいけない。
「本当の自由とは何か」思想的なテーマを盛り込む児童文学
「自由とは何か」このテーマは思想関係の書籍ではメジャーなテーマである。『NO.6』もまた本当の「自由」をテーマにし、この世にあふれる悩みや問題を織り込んだ作品と言えるだろう。
クロノスの管理下にあるという"政治体制"、市民番号によって管理される"支配"、幼少時の能力で全てが決まる"階級制度"、クロノスというユートピアを一歩出れば荒れ果てた土地という"環境問題"、話なんて聞いてもらえない"冤罪問題"等、挙げればきりがないほどの思想テーマを含んでいる。
作中に出てくる「人狩り」も、現代の日本では見かけないだけで、ユダヤ大虐殺など現実世界でも起こっていた。どれほどの読者がこのつながりに気付くだろうか。学校教育で学ぶと言っても、膨大な歴史の一部の出来事として軽く触れる程度で、聞いたことがあるという程度の成人も多いのではないのだろうか。
多くの犠牲の上に成り立つ快適さには反吐を覚える。ましてNO.6内の人間は、その犠牲に気付かぬままに生きているのだ。生まれながらの罪でもある。
そんな重いと言われるテーマをふんだんに盛り込んだ作品が児童文学として扱われることに不快感を覚えた人もいるのだろう。しかし、知るべきことなのだ。あさのあつこが伝えたかったのは、この世の事実である。大人が子供へ伝えていかなければならない問題の数々である。
大人が読んでも問題を見直すきっかけになるだろう。だが私は、この作品はまだ十数年しか生きていないような子供たちにこそ読んでほしいと思う。彼女の作品は、普通の物語であれば美化されてしまうような醜悪な部分を、ごまかすことなく、ストレートに書いていること。世界の事実を知り、考えてほしいと思う。
紫苑やネズミは最後「本当の自由」を手にすることが出来たのだろうか。少なくとも、2人とも自分のすべき道へと進んでいった。市民番号を付け支配する、理想都市NO.6は崩壊した。都市からは解放されたため、その点は自由になったと言えるだろう。「本当の自由」については長年人類が抱えてきたテーマであり、今後追及しても答えは見つからないだろう。紫苑やネズミは、その「本当の自由」を求めて自分の道を進んでいくのかもしれない。
前半の科学から後半のファンタジーへ、物語の展開
前半は科学の力を駆使した物語が展開されている。理想都市NO.6では医療や教育が発達し、住民の徹底管理がされている。設定では2013年とされているが、現実世界よりもはるかに発展している。ただし、高くそびえたつ壁の向こうは現代のスラブ街のようで、日本では見かけないが海外では珍しくはない光景である。
後半はハチによる侵略や逃亡劇など非現実的なシーンが目立つ。所謂ファンタジーだと思う。ただ、最終巻で会話が目立ち、淡々とページをめくることになったのは少し残念。市長やエリウリアスも物分かりが良すぎる気がして拍子抜けだ。重厚な世界観と文章を好む人は、ラストの勢いが不快に感じるかもしれない。
最終巻での展開は勢いを持ちすぎていて、じっくり読みたかった人には心残りだろう。
ハッピーでもバッドでもないエンド、その先を考える読み方を
理想都市NO.6の崩壊と紫苑とネズミの別れで占められた物語は、ハッピーエンドとは到底呼べない。余りに多い犠牲を払った結末は、一種戦争を連想させる。
NO.6の内にいた人間と外にいた人間の交流はどうなっていくのか、都市の再建は本当に可能なのか、不完全燃焼のままエンドを迎えた。
その先の想像力を求められているのかもしれないが、スピード感のある最終巻だったためにあっけなく読み終わってしまい拍子抜けしてしまった。
ネズミと別れ、沙布もいなくなってしまい、1人都市の再建に立ち向かう紫苑。はたして彼に再建を果たすことができるのだろうか。
最終巻の『NO.6 #9』の後日談として、『NO.6 beyond』が出版されている。しかしこの後日談を読んだうえで、やはり紫苑に都市再建の希望は見えなかった。
なにより内の人間と外の人間はどう関わっていくのだろうか。誰も幸せにならなかったこの物語の中で、どうやって人々は未来に希望を見出していくのだろうか。なにより内の人間と外の人間はどう関わっていくのだろうか。誰も幸せにならなかったこの物語の中で、どうやって人々は未来に希望を見出していくのだろうか
内の人間は完全なる管理下の元、犠牲を知らず快適な中で暮らしていた。一方外の人間はNO.6を恨み続けた。NO.6が崩壊したその先に待つのは、両世界の人間の混乱と、絶望なのではないかという気がしてならない。
幼馴染の死を受け入れてしまう紫苑をどう見るか
共に学んできた幼馴染の沙布が死んだ。死という表現は合わないかもしれないが、二度と紫苑の前に現れることはなくなった。
幼馴染の死は、紫苑にとって非常に大きな出来事だったはずだ。しかし、紫苑は狂わなかった。これは紫苑の成長とは思えなかった。ネズミに出会い、深い関係になったせいだろうか。落ちつきすぎているようにも読み取れてしまう。
NO.6の外に出たことで、良くも悪くも紫苑は変わった。沙布の目線に立って考えてしまうと、あまりにも救いがなく、沙布のいた意味を考えてしまう。もし死んでしまったのがネズミであったら、紫苑は立ち直れなかったように思う。長年共に学んできた沙布との関係よりも、ネズミとの関係の方が深くなっていた。
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