森山未來が怖くて、観る勇気がなかった映画
怖いけど観たい。観たいけど怖い。
以前からずっと気になっていた映画『苦役列車』。どうして今まで手に取らなかったのかといえば、森山未來が怖かったからです。
私の知る限りでは、とてつもないダメ男、究極のろくでなし男、狂気的に薄情な男を演じさせたら、彼の右に出るものはいないとずっと感じていました。ゆえに、なんとなく内容を知っているこの映画の主人公・北町貫多のズタボロ人生を森山未來が演じるとなれば、そりゃもう怖くて、そう簡単に手を出すことなんて出来ませんでした。
そしてこの度、その恐怖を押しのけてさえもこの映画を観た感想を率直に言うと、私の予想を全く裏切ることのない、予定通りの垂直ゲロレベルに気持の悪い男の人生を思いっきり魅せつけられてしまいました。
オープニングすぐからの、ご飯を口いっぱいに頬張ったままゲヘゲヘと汚らしく笑う引き攣った笑顔に、今にもすえた匂いが漂ってきそうな黄ばんだTシャツ、安い酒で悪酔いして路地裏にゲロを吐き、歩きながら慣れた手つきで手鼻をブッ飛ばす姿は、私にとってもう完全にギリギリアウト。やはり、中途半端な覚悟で観るべき映画ではなかった、まだちょっと早かったかもしれないと、若干の後悔が脳裏を横切りました。
けれどもうここまで来たからには、何が何でも見届けてやろう踏ん張ってみたものの、風俗街の覗き部屋でギャルにヌイてもらう貫多の表情や、本屋でアルバイトする康子をガラス越しに眺めながら「ヤラせてくれないかなぁ・・・」と呟く姿などが、容赦なく私を打ちのめし、正直何度も挫けそうになりました。
いやはや結局のところ、やっぱり森山未來はスゴイ。ここまで気持ちの悪いろくでもない人間を演じることが出来る役者はそうそういないと改めて確信しました。
この映画は決して“映画のような話”ではない。
小5の時に父親が性犯罪を犯し警察に捕まって以来、貫多のどうしようもない人生が始まります。小5までは普通に学校に通って倫理や道徳を教えられながらスクスクと成長していたはずなのに、突然にして当たり前の人生を送る権利を剥奪されてしまう、しかも自分のせいでもなんでもなく、ただ血のつながった父親が犯してしてしまった罪であるにもかかわらず、世の中から非難されてしまうというのは、映画だけでなく現実の世界にも山ほど存在しているのかと思うと、なんともやるせない気持ちになりました。
たとえそんな世間の目に負けずに生きようと頑張っていたとしても、障害はきっと次々に自分を襲ってくるし、どうせ何やったって誰も相手にしてくれない、そんならもういいよ!俺だってメチャクチャに生きてやる!という気持ちになっても仕方がないのかもしれません。貫多だって初めから、こんな風に酒とたばこと性に溺れるようなだらしない男ではなかったはずなのです。
かといって、ここから貫多が這い上がって明るい未来を手に入れるには、その道のりはあまりにも険し過ぎる。乗り越えなくてはならない壁はあまりにも厚過ぎる。でももしそこを踏ん張らないとするならば、こんな薄汚れたドブネズミのような毎日が永遠に続くのです。現に、貫多の仕事仲間である50を過ぎても日雇い労働者を続けている高橋は、19才の貫多にこう言います。
「お前この先、何でもできると思ってるだろ、何にも出来ねえぞ。ただ働いて食って終わってくんだよ。世の中そういう風に出来てんだ、わかったか中卒。この先、生きててもなんも楽しいことねえんだぞ」
まだ19才の貫多は、同じような仕事をしている50を過ぎた男にそう言われるのです。それはまるで「お前の未来にあるのは、今のオレだ」と突き付けられているのと同じです。それはあまりにもリアルで、でも限りなく真実に近くて、とてつもなく残酷な場面でした。
貫多に這い上がる道は無いに等しい。これは映画だからまだいいけれど、現実の世界には、きっとそう思いながら働いて食って、結局その通りに死んでゆく人もたくさんいるのかもしれないと思うと、思わず身震いしてしまいました。
森山未來はやっぱり怖いけど、唯一無二の俳優だ!
この『苦役列車』はラストギリギリまで、未来になんの希望もない自暴自棄に生きる男のろくでもない人生を描いています。
ただ最後のシーンで、チンピラと喧嘩して身ぐるみ剥がされボロボロになり、パンツ一丁で大笑いしながら走ってアパートに帰り着いた貫多が、パンツ一丁のまま紙と鉛筆をもって何か一心不乱に書き始めます。貫多が真っ暗闇の人生の中で、かろうじて胸に秘めていた夢である小説を書き始めたのだと思わせるシーンです。これにはいい意味で本当に裏切られた気がしました。世の中の映画には、辛い境遇の中で、時にやけっぱちになりながらも主人公が未来に夢と希望を持ち、周りの人間の心をも動かすようなストーリー展開が期待されるものも多くありますが、この映画はそこがまるで逆走なんです。堕ちるところまで堕ちて、家族も友も仕事も金も失い、もう失うモノすらスッカラカン、生きる上でこれ以上怖いものが何もなくなったときに初めて、主人公に夢を追いかける一心不乱のパワーがみなぎってくるなんて、逆にそれがリアル!人ってそうなのかもしれない。コツコツ真面目に頑張った人こそが夢を掴むというよりも、もうどうにでもなれーっ!ってなったときにこそ、火事場の馬鹿力のような絶大なパワーが生まれてくる生き物のような気がするのは、私だけでしょうか。
この映画を観ることにはとても勇気が必要でしたし、思った通り森山未來のあまりにもリアルな演技に鳥肌も立ちましたが、ズタボロ人生を送るろくでもない若者をこれほどまでに狂気的に表現することができる彼は、やっぱり素晴らしい役者さんだと改めて感動しました。
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