元兵士はなぜ語らないのか - 父親たちの星条旗の感想

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元兵士はなぜ語らないのか

3.03.0
映像
5.0
脚本
4.0
キャスト
3.0
音楽
4.0
演出
4.0

目次

かっこいいモニュメント

「硫黄島(いおうとう)」と初めて出会ったのは、人生初のアメリカ旅行でワシントンのアーリントン墓地に行った時のことだ。そこで、兵士が寄って集って瓦礫の上に星条旗を掲げている巨大な“海兵隊戦争記念碑”を初めて見て、自由で豊かな国アメリカらしい、力強いモニュメントだなという印象を持った。今にして思えば、アーリントン墓地の意味すらよくわかっていなかったし関心もなかったのだが、ワシントンへ行くならここへ行っておけというガイドブックに従って、物見遊山で足を運んだのだ。その足でスミソニアン博物館へも行き、ずんぐりとしたゼロ戦を初めて見た。

栗原中将のことを偶然知ったのは、その20年後のことだ。この映画が2006年公開だから、ちょうどシンクロした恰好になる。クリントイーストウッドの映画と聞いてあまり興味を持てなかったが、日本目線で描かれた「~手紙」が連続公開されると知って、まずは硫黄島について調べてみることにした。本も何冊か買ったて読んだ。

結論からいうと、やっと20年前にワシントンで見たあの巨大な英雄のモニュメントの意味を理解し、今まで知らなかった自分を心底恥ずかしい平和ボケ人間だと思ったし、戦死した旧日本軍の兵士たちに対し、申し訳なさで号泣した。戦後教育がこんな風だから仕方がなかったと言えばそうなのだが、それにしてもここまで苦しみ抜いて護った祖国に忘れられるとは、あまりにも悲しすぎる。

もてはやされて、捨てられる英雄

硫黄島は“いおうとう”と読むことは本を読んで初めて知った。映画では“いおうじま”と発音されていたが、間違いだ。「~星条旗」と「~手紙」、私が2本の“硫黄島”映画を立て続けに見たのは、劇場公開から数年たってからのことだ。最初に見たのが「星条旗」だった。硫黄島のことには多少詳しくなっていたが、当時の米軍については殆ど知らなかったので少々驚いた。圧倒的な物量の差を見せつけながら、実は資金難だったことも知らなかった。

あんな風に英雄と持て囃され、全国をドサまわりさせられた挙句に時代遅れのアイドルみたいに粗末に扱われていたなんて。日本の特攻隊だけじゃなかったんだと少し複雑な気持ちになった。本質的に英雄ではないのだから当然だし、この映画のテーマでもあるように、本人もそんなこと望んではいなかった。まさに、戦争を知らないものが戦争を語るの図だ。祖国の敗北を悲観して自死したあと忘れられてしまうのと、米軍人のような一生を終えるのと、果たしてどっちがより「惨め」なんだろう。国と国との戦いに勝利して祝勝気分に浸っている時でもなお、人種差別による優越感が手放せない人間の本性にも考えさせられた。

洋画で見る先の大戦

私は血が出る戦闘シーンが苦手で、基本的に戦争映画は邦画しか見ないので、俳優の演技や演出については特に思うこともなく観ていられたのだが、冒頭で日本兵が命乞いをする場面はちょっと違うだろうと違和感をもった。それは皇軍としてのプライドとかいうことではなく、硫黄島の日本兵は死の恐怖すら感じられないほどの極限状態にいたと想像するからだ。助けてくれと懇願できるような精神状態であの場に身を置くなんて、考えただけでも気が変になりそうだ。その意味では、映画の場面にあったように当時の流行歌にしんみり聞き入ってしまうような“平常心”で、本当にあの戦争に臨まなければならなかったとしたら、米軍兵は気の毒だ。

砲弾に傷ついた兵士が、飛び出した自分の内臓を一生懸命お腹に戻そうとしている姿がとても印象的だった。そして、しきりに傷口を気にする。そして負傷兵は一様に「大丈夫、大丈夫」と言って事切れる。正常性バイアスといわれる心理の描写が実にリアルだった。

戦闘シーンは時おりショッキングな場面もあったが、比較的抑えられていたと思う。完全に米軍目線なのであり、日本軍の様子が描かれていないところに不気味さが表現されていた。あの天然要塞のような擂鉢山の中で何が起きていたか、知識があったのでイメージし易く映像以上のものが見えた気がした。

悪魔はどこにいるのか

この映画を見ながら、無意識に悪魔の存在を探す自分に気が付いた。いったい誰のせいでこの戦いはここまで熾烈だったのかと、我知らず考えていたのだ。そして最後まで、この映画の登場人物の中に悪魔は見出せなかった。映画の冒頭にもそんなセリフあったが、おそらく戦争というのは善とか悪の問題ではなく、人間の本質なんだろうと思った。現に体内では常にミクロの戦いが繰り広げられているとか言われる。本質に良いも悪いもない。

戦地に行った人は、戦争のことを語りたがらないという話を聞く。「いのちある限り、戦争の悲惨さを後世にまで語り継ぐ」と言っている人は戦争の被害者なのであって、戦地で実際に戦った人たちではない。現場から遠のくほど戦争を知った気になって語るものだと覚えたい。

戦地で戦った人たちは、「善でも悪でもない」戦争というものの本質を知っているからこそ言葉で語る気になれず、亡き友の面影を追うことしかできない。あるいは善悪で判断しようとするから、罪悪感や自己卑下によって語ることができないのではないだろうか。久しぶりにもう一度見たい映画だ。

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他のレビュアーの感想・評価

英雄の辛さ

この映画を観て、戦争で苦しんだのは日本だけではなかったのだなということだ。この映画では、第二次世界大戦中の戦いから、戦後、英雄として帰還した主人公達がどういった感情で生きてきたか、を描いているが、なんとも虚しい気持ちになってしまう。着眼点を戦時中ではなく、主に戦後に置いた設定は珍しいと思った。主人公は戦時中、衛生兵として従軍した男性だが、未だに苦しんだ兵士達の「衛生兵!」という助けを求める幻聴に悩まされていた。また、私の一番心に残ったシーンであるが、硫黄島に星条旗を立てた英雄、ということで主人公たちはあるパーティーで星条旗を立てる再現をすることになった。そしてその再現が行われると歓喜するアメリカ国民。主人公の心には死んでいった仲間達の顔が浮かび、「本当の英雄は生き残った僕達ではない」と罪悪感を抱くようになってしまった。このシーンの虚しさはとても心に残った。そして、戦争では誰も幸せにはな...この感想を読む

3.03.0
  • hearlohearlo
  • 65view
  • 588文字

「正義と愛国心と忠誠」がセットになるとトンでもない事が起きる クリントイーストウッド

クリント・イーストウッドが手がけて、ポール・ハギス監督が作る、この二人のペアだったら安心してられます。硫黄島に向かう軍艦に乗っているアメリカ兵の殆どがボーイスカウト気分だったことが、なんとも痛ましいのです。しかし、愛国心と忠誠心を刺激されて、家族を守る、国を守ると言われて戦場につれられていってしまう。アジアの日本とドイツが居る欧州に同時に二箇所で戦争するには金がかかるから、戦時国債を発行して売ることも国策であったんですが、その前に世界の株価がドカンと落ち込んで、アメリカはヒィヒィだった事も忘れてはいけないポイントです。クリント・イーストウッドは軍隊に3年間いた経験を持つ人で、同じようにプレスリーも徴兵されています。この映画は彼の強いメッセージと今言わないといけないという切迫感が感じられます。彼が兵役についてた頃は「冷戦」の始まり「朝鮮戦争」の時代、帰還兵が持ち上げられて、帰ってきたら仕...この感想を読む

5.05.0
  • 104view
  • 466文字

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