戦争中、兵隊でなかった国民の視点での戦争体験 - 少年Hの感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

少年H

4.504.50
文章力
5.00
ストーリー
4.50
キャラクター
4.50
設定
4.50
演出
5.00
感想数
1
読んだ人
3

戦争中、兵隊でなかった国民の視点での戦争体験

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.5
演出
5.0

目次

兵隊ばかりが戦争を語れるわけではない

少年Hとは、著者妹尾肇(せのおはじめ)さんのことであり、著者自らが少年時代に体験した戦争のことを、兵役を課せられなかった立場で描かれている。

戦争時代の体験というと、実際兵役を課された方でご存命の方の手記につい手が伸びてしまうものだ。しかし、子供が学校で訓練を受けたり軍需工場で働いたり、父や母も年齢や性別から兵役を課されていない家族が、戦争をどう捉え、どう感じ、どう行動したかというのは、また一つの貴重な戦争の証言でもある。言論が統制されている中、実際には国民がいかに猜疑心を持って戦っていたかがよくわかる本である。

戦時中の人はすべて強靭な精神力の持ち主だったか?

神風特攻隊や沖縄のひめゆり部隊などの書籍を読むと、戦時中の人はいかに精神が頑健で胆力があり、どんなストレスにも打ち勝ってきたかのように思えるが、実際は現代人と大して変わらない日常を送ってきた人も多いのだということを少年Hは証明している。兵役を苦に自殺を図ったおとこねえちゃんの事や、ラジオで開戦のニュースを聞いただけでお腹を壊してしまったHとHの父の話などを読むと、ストレスによる体の変調や心のバランスの取り方は、今も昔も大差がなかったのではないかと察する。

また、Hの家庭は洋装店を営んている上にキリスト教の信者であったことから外国人への偏見が少なく、外国人と闘うことにどこか冷ややかな目を持っており、狂信的に戦争を肯定していたわけではないことが分かる。誰もが「戦争万歳」ではなかったと感じる貴重な証言だ。

戦後の安堵と戸惑いが描かれている

戦争が終結し、猛攻撃を受けなくて済むという安堵と共に、国の価値観が急速に変わり、文字を書く方向が右側からではなく左側からに変更されたり、天皇が「人間天皇」になったり、授業で使っていた武器を山へ埋めて始末するシーンなど、昨日まで戦争万歳、一億玉砕など言われていた世の中が、平和万歳になっていく様子に、いかに一般市民が戸惑ったかが子細に描写されている。Hの学校でも軍国主義を強調し、生徒につらく当たっていた教師ほど、戦争後は立場が悪く、生徒の前で面目丸つぶれになっていく様子が情けない。しかし実情はこんなものだったのかもしれない。

一方Hは絵の才能を生かし看板屋としても道を切り開いていく。戦後の高度経済成長を支え続けた世代の、貴重な「生い立ちの記」として、非常に価値がある小説と言える。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

少年Hを読んだ人はこんな小説も読んでいます

少年Hが好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ