叛き続けるということ - 叛鬼の感想

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叛鬼

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叛き続けるということ

4.54.5
文章力
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ストーリー
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キャラクター
4.0
設定
3.0
演出
3.0

目次

かっこ悪いなんて言わせない

この物語、および史実に関わらず、主人公である長尾景春とは乱暴に言ってしまえばかっこ悪い男だ。主君とそりが合わず、また家宰職を譲られなかったからと叛いたくせに負け戦を重ね、そうして四十年近く戦いと流浪に身をまかせた結果、景春自身が得たものはほとんどない。強いて言えば父祖の代から受け継いできた土地を取り戻したくらいか。そうであるために、事実とはいえ学術論文においても「家宰になれなかったから叛逆した」と書かれてしまうほど、評価としてはいまいちぱっとしない。

けれども作中の景春はただ、かっこ悪いわけではない。何度負けようと己の信念のもとに自らの生を見出し、関東を駆けまわった男として描かれている。他者の評価に左右されぬ生き方をする精悍な姿が良く似合う男の物語、そしてよく知られた長尾景春像を覆すという点において、この作品はとても読み応えがあった。

ただひたすら、自分のために

実は景春が叛旗を翻した背景については諸説ある。しかしどのみち、景春が自分の考えによって叛旗を翻したことには変わりはない。はっきりと言ってしまえば自分のわがままであり、当然、私情で世を乱した大罪人として討伐されるべき存在と位置付けられても仕方のない話なのである。

それでも景春は決して諦めることはなかった。それは家宰職の相続から端を発した感情が周囲の影響を受けて次第に大きなものとなり、いつしか進むべき道として目の前に広がっていたからなのだろう。築いた道は逸れることができないほど広い。だから、その道を進み続けるしかない。叛逆者の謗りを受け、自分勝手であると貶されても、ただ後ろを振り向かず真っ直ぐに駆け抜けていく。それが景春の取った、否、取らなければならない行動だった。その分、出る犠牲は大きい。血を流し斃れていった者達は数えきれないほどいたことだろう。それでも景春は何があっても道を進み、生きていく。それこそまさしく、叛逆する鬼、と比喩できる存在ではないか。

叛き続けるということ

景春と似たような生き方をした武将は他にもいる。いちいちあげていては話がそれてしまうのでここでは列挙しないが、彼らは皆、信念を抱いて戦った人間ばかりだ。忠義を貫き、また忠義に殉じた武将も魅力的であるが、そうして叛いて生きていった武将たちの魅力も別の輝きを以て訴えかけてくる。

同時に、やりきれなさもある。彼らのほとんどは道半ばで志が折れ、またその身を乱の中に滅ぼす結末を辿っているからだ。景春もその例にもれず、結局は関東に乱を呼び込んだだけでその生涯を終えてしまった。唯一の救いとしては、戦場に散ることなく長く生きることができた、というところか。

あるいは、生き抜いたことこそが景春の叛き続けた意味だったのかもしれない。生き抜いて、結局は道灌や顕定よりも長く生きた。そこに思うところがあったにせよ、時の流れは景春を生かした。だとすればそれは確かに景春の勝ちなのである。討伐されるべき存在が最後まで生き残りるのは皮肉な話だ。けれどもそれゆえに、最後まで鬼らしい最後であったともいえる。作者が最後に、叛鬼であった、と締めたわけも、もしかしたらそこにあったのかもしれない。

なお、後日談がある。景春の子孫は後に一人の名臣を輩出することになるのだが、彼こそ徳川家光に左手と称され、また知恵伊豆として名の知られた松平信綱である。秩序を乱した男の子孫がまさか秩序を守る立場に立つとは、それもまた皮肉な話だ。

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