小川洋子は小説家!対話させる時間があるなら小説書かせて! - 小川洋子対話集の感想

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小川洋子対話集

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小川洋子は小説家!対話させる時間があるなら小説書かせて!

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
1.0

目次

再読して1.2倍楽しめる豆知識

2007年刊行の2冊目の対話集。2004年に「博士の愛した数式」が本屋大賞を受賞し2006年に映画化されたことによりメジャー化し、その話題性に乗っかった対話集が複数刊行される。それ以前の彼女のイメージは良い方向では「言葉の選定が巧み」「文学性が高い」、悪い方向では「不気味」「キモイ」「何を言いたいのかわかりにくい」といったところだったと思われる。しかし「博士の愛した数式」は読みやすく、誰もがカタルシスを得やすく、数式というツールを扱うことで質問要素が多く、彼女が大好きな阪神タイガースがかなりフィーチャーされていることの話題性もあり、小川洋子中毒者でも小川洋子ビギナーでもマスコミでも誰でもが関わりやすい。このため一気に小説以外の仕事(対話、エッセイ、共著、ラジオ出演など)が増えている。エッセイは200年以前から数冊書いており増えた、という印象だが、対話集は間違いなくこの流れに乗った売上狙いの企画モノだ。

文筆に関することには真摯に取り組む、しかも心配性の彼女ならではの予習っぷりが小川ファンをうなずかせるとともに、彼女なりの表現は出てこないので、対話という形は彼女の魅力が見えにくい。部分的にはどんな話をするかの下書きがありすぎて、「徹子の部屋」を見ているような錯覚も覚える。作家、文筆家同士の作品に取り組むスタイルやそれぞれの着目点の違いに真摯に感心するところ、相手との共通点を見出した時の喜び方などが彼女の源流である文学追及の姿勢を再確認させてくれる、という面白さもあるのだが・・・以下で彼女に対話させる功罪を書きたい。

短編「海」の成り立ち、小川洋子的勝利の方程式

以前、本サイトで短編集「海」について私は(偉そうに)いろいろ語っているが、それを書いた後本書を読み、「しまった、これを読んでからあの作品を語るべきだった!」と後悔を覚えた。「海」への評価は現時点で自分の文章を再読しても変わりないが、企画でテーマが与えられた上での競作というスタイルだった、と知っていればもう少し書き加えることがあっただろう。「海」というテーマが与えられているのに直接海が出てこない、という点だ。彼女が「ひねくれている」とか「奇をてらって変わった攻め方をしてきた」と思う人もいるかもしれない。しかし私は違うと思っている。彼女は表すべき対象を登場させずに表現力でそれを語ることの達人だ。直接性的表現を用いないのに限りなくエロティックな「バタフライ和文タイプ事務所」「断食蝸牛」などを参照していただきたい。これこそが彼女のスタイルなのだ。

彼女の好きな野球に例えれば、彼女は息もつかせぬ展開で読者を圧倒する剛速球ピッチャーではない。むしろ大した球威もすごい変化球もないので5回までに4、5点取れるのではないか、と思わせておいて、いつの間にか完投し気が付けば完封されている、という技巧派ピッチャーと言っていいだろう。その彼女の勝利の方程式、それはテーマという縛りがあっても変わりない表現力とあくなき文筆家としての向上心だ。

「対話集」という形の残念感

私は小川洋子の文章が大好きだ。それは彼女独特の言葉の選び方、静かで精緻なストーリー展開によるところが大きい。その魅力が最大限に発揮されるのはやはり小説というスタイルだろう。次に精緻さはないものの彼女の真摯さが見えるのがエッセイや書評、残念だがもっともそれらの要素が見えなくなってしまうのが「対話」だ。

特に本書では田辺聖子、五木寛之といった年齢も執筆歴も長い先輩作家に対しては、まじめだけどぱっとしないインタビューおばさんに堕してしまっているように思える。彼女は生真面目で心配性なので対話相手の作品を読み込んだりその人生を調査したり、「失礼のないように」という心構えで対談に臨む。自分もそれなりの賞を取り、売り上げも上げているベテラン作家という気配はみじんも見せず、ホスピタリティを重んじてしまうため、年長者との対話ではほとんど聞き手になってしまう。自分の意見を発するときも概ね相手に合わせた方向に行ってしまうので、悪くすると迎合しているように見えるときすらある。そこが残念でならない。先生や先輩の前ではしどろもどろで当たり障りのないことを言ってしまうか、ほとんどうなづく聞いてるふりっ子、でも人が見ていないところでこっそりノートの隅っこに鋭い言葉を刻み込む、それが小川洋子なのだ。そういう意味で対話集の仕事は彼女の才能を理解しない編集者のミスキャストと言っていいだろう。

やはり彼女の武器はトークでもインタビューでもない。自らの手で生み出す文章なのだ。孤独に部屋にこもって、ああでもない、こうでもない、と一つの言葉を何度も選びなおす、1日に5枚も書けば多いほう、という遅筆でありながらも、その文章こそが彼女の鉾であり盾だ。そういうところがやはり読者にも見えるのか、「博士の愛した数式」人気に乗っかった対話集は2005年から3冊ほどでて終わりになっている。それでいい。対話集刊行にかける時間があるのなら、その時間を新作小説の執筆に向けてほしい。

とはいえ下げっぱなしも何なので、少し良い点も書いておこう。比較的年齢や立場が近い相手との対話はそれなりに面白さがあり、彼女なりの主張も見えて読む価値を感じる。時に冗談を言う余裕もある。この対話集の中では岸本佐知子、李昴+藤井省三の2編がこれにあたる。彼女のまじめではあるが優等生ではない心地よい自虐や、得意の妄想が走り出す会話はクスリと笑える。自分の言葉で相手作品を語るときは文筆の道を歩む同志という真摯さも見えて私も背筋が伸びる。

小川洋子にはこれから先も対話集はなし、エッセイはたまに、遅くてもメインは小説、という道を歩んでいってほしい。

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