「共依存」テーマの集大成的作品 - ファミリーポートレイトの感想

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ファミリーポートレイト

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「共依存」テーマの集大成的作品

5.05.0
文章力
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目次

桜庭一樹の作品遍歴に見る「共依存」


桜庭一樹はまず、名前で誤解されがちですが女性です。そして、「共依存」をテーマに書かせれば、彼女の右に出るものはいないのではないでしょうか。というのも、彼女はデビュー以来親子関係についての作品を多く執筆しており、その全てが高い評価を得ているからです。
「共依存」というのは心理学で、「特定の人間との関係性に過剰に依存している状態」を言います。例えばDV夫と妻の関係。DV夫は妻に暴力をふるうなど多大な迷惑をかけますが、同時に妻は夫の世話をすることに価値を見出してしまい、お互い苦しいのに相手に依存して離れられない。このような状態を「共依存」と呼びます。


さて、桜庭一樹は1999年『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーティアン』でライトノベル作家としてデビューしますが、仕事もなく本も売れないという低迷期を長く過ごします。そんな彼女の出世作となったのが、2003年『GOSICK-ゴシック-』、2004年『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』でした。では、「共依存」をテーマに彼女の作品をいくつか振り返ります。


2003年『GOSICK-ゴシック-』
日本からの留学生・久城一弥が、天才的な頭脳の持ち主・ヴィクトリカと力を合わせて難事件に挑む作品です。ヴィクトリカは大変な人見知りで、一弥と一緒でなければ外出はおろか他人と口をきくことすらほとんどありません。一方の一弥は、一人ぼっちでいるヴィクトリカを助けられるのは自分しかいない!と考え、どんなに罵倒されようとも足しげく彼女のもとに通います。この状態が「共依存」ですが、初期作品の中ではまだ「共依存」よりは「恋愛」が重視されているように見えます。


2004年『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』
本作は父に虐待される少女が、自分をバラバラにするための斧を買うような究極の「共依存」です。ライトノベルのような表紙からは想像できないほど、虐待について生々しく痛々しく描き切った問題作として大変話題になりました。この作品から2008年『ファミリーポートレイト』までを、私は「桜庭一樹開花期」と考えます。というのも、彼女の作風の確立ができたのがこの時期だからです。そして開花のきっかけが本作であると、確信をもって言えます。

2007年『私の男』
言わずと知れた、第38回直木賞受賞作。腐野花と父の淳悟が、9歳から大人になるまで性的な関係を結びながらもずっと二人きりで暮らすという、「共依存」の典型のような設定です。これは性的虐待とも言えますが、花自身も淳悟との関係を強く望んでおり、その関係を脅かす存在があれば殺人すらもいとわないという大変強い依存、偏執的な愛情を描いた作品です。そして重要なのは、この作品でも『砂糖菓子の・・・』と同様に父娘の共依存を描いているということです。桜庭自身も父娘関係を描いた作品が多いことを自覚しておりますが、やはりこの作品が一つのピリオドになり、一旦父娘の共依存作品は終わります。そして、これらの作品を全て踏み台にして、満を持して発表したのが『ファミリーポートレイト』なのです。

2008年『ファミリーポートレイト』


(私が勝手に設定した)「桜庭一樹開花期」の最高傑作です。今まで発表した作品全てを集約したような、そして昇華させたような作品とも言えます。では、本作の特徴といえば、やはり「父娘から母娘関係へ」「桜庭一樹がついに母娘に挑戦した」ということでしょう。女性作家にとって母娘関係を描くのは金脈——と言ったのは村山由佳の『放蕩記』でしたが、やはり女性作家が描く母娘関係というのは特別なものがあると私も思います。母と娘というのは親友でありライバルであり、支えあう関係でありながら足を引っ張り合う関係でもあり・・・とても男性には解りえない特別なものなのです。それに挑戦するということは、目の肥えた読者の期待が高い分大変ハードルが高いと言えます。そして本作では、母親マコとその娘コマコの完全なる「共依存」をテーマに、激しく母親を求め続けるコマコの半生が期待以上に見事に描かれました。


まず、キャラクターの名前がすごいです。今までも、海野藻屑だの腐野花だの荒野だの、ちょっとブラックユーモアに溢れた名前のキャラクターを多く生み出してきましたが、コマコは強烈でした。「マコの娘だから、コマコ」。娘を一個人として育てる意識がないことがひしひしと伝わってきます。イライラすれば太ももをつねられ、学校にも通わせてもらえず、ただ母親のためだけに存在するように育てられたコマコ。母親のためなら何でもできるコマコは、『砂糖菓子の・・・』の海野藻屑のようでもあり、『私の男』の腐野花のようでもあります。このような偏執的な愛情、執着こそ「共依存」ですが、今までの桜庭一樹であればこの依存から解放されることはありませんでした。本作のもう一つ突出したところは、第一部でその共依存相手である母親が突然いなくなるところだと思います。共依存関係が突然解消され、学校に通ったこともないコマコがいきなり高校に入れられる。ママと二人きりの世界から、突如外の世界に投げ出される。この第二部以降が桜庭一樹の真の挑戦であると思えてならないのです。

ハードルを越えたあと

さて、本作が開花期の最高傑作と言いましたが、翌2009年『製鉄天使』以降は『道徳という名の少年』など短編かつ抽象的な作品が増えてきます。少しファンタジーというか、物語を通じて語りかけてくる言葉がストレートではなく婉曲的になってくる印象です。おそらく、長い目で彼女の遍歴をたどるときに「中期」と呼ばれることになるだろう位置に、いまたどり着いているのです。本作『ファミリーポートレイト』で飛んでみせたハードルを振り返ることなく、別のハードルに挑戦している姿が大変意欲的で、一読者として今後の作品が大いに楽しみなのです。

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親子愛

この作品は私の男、傷跡、砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけないといった作品に見られる桜庭さんの典型的なテーマ、「父と娘」とは一風変わったものだ。コマコは幼少期から母親であるマコに対して痛々しいほどの愛情を向けている。母親にたとえ何をされても変わらず抱き続ける愛は、見ていて心が打ち砕かれる残虐さを持っている。子供は母親に虐待されようとも、母親しか拠り所がない。結局母親にすがりついてしまう。そんな悲しくも逃れられない現実がこの作品で表現されている。父と娘の異常な愛情とは違い、純粋な親子愛を描いている。しかし純粋だからこそ危険な愛情なのである。背徳感を感じることなく真っ直ぐな愛を向け続けるとなると、自分自身でその異常さに、気づくことが出来なくなるのだ。後半、物語が大きく転換する。コマコが大人になり、作家になる。その姿は作者である桜庭さんと重なる部分がある。自身の経験や考えを、コマコを通して発露させたの...この感想を読む

5.05.0
  • ミッチミッチ
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