死と向き合って、新しい価値観を見つけよう!
淡々と感情表現に感じられる奥深さ
母の死を体験した主人公、みつこの心情と回りの環境の変化を淡々と語っている物語。母の死という衝撃的な現実を、一歩引いて淡々と表現しているが、じわじわと心に響いてきます。人の死による悲しみ、苦しみなどを語る時には、どうしても感情的な表現や、訴えかける強い描き方が多いと思いますが、アルゼンチンババアのみつこは、死に立ち会った事で、母からの贈り物をもらったと表現しています。
この本では、理由や原因を記さないで、なんとなくこう感じているという、みつこの独白でストーリーが展開していきますが、理由などわからなくても、読んでいるうちに、みつこの心に、読者はそっと寄り添う事になってしまうのです。
そして、薄っぺらい話しにとどめているのではなく、実は奥深い作品だと思います。
人が死ぬという事、曼荼羅に隠された父の重い、ユリさんの生きることのスタンス、残された者はどう生きて行けばいいのか、愛するとはどういう事なのかなど、ひと言で解決できない問題、いくら考えても答えが出ない問いに、違った角度から導いてくれます。特に、みつこが、初めてアルゼンチンババアに会い、抱きしめ涙を流すところは、感動的でした。
不思議な文体に惹きつけられる
今さらなのですが、私は初めて、よしもとばななさんの作品を読ませてもらいました。エッセイのようで読みにくい、わかりにくいのだろうなと思っていたのですが、不思議な文体にとても惹きつけられます。
描写や説明が、みつこの体を通って語られるので、彼女の主観が入り、正確に表現しているとは言えないのに、その方とてもわかりやすいのです。よしもとばななと真逆な作品として上げられるのが、東野圭吾の作品と思うのですが、私はよしもとばななさんの文体と、柔らかい描写が、とても心地よいので、よしもとばななさんの作品の方が好きですね。よしもとばななさんの作品は、毎回こんな雰囲気の作品なのだろうか?と興味が湧いたので、違った作品も読んでみようと思います。
やっぱり、汚いのはいやだな
「アルゼンチンババア」で何度も書かれているのが、その部屋や、風貌の汚さです。その汚さが、作品にとって欠かせないものなのでしょうか、匂いまでも表現しているので、ちょっといやだなと思いました。でも、そのリアルさを感じさせてくれるのも、作者の力なのかも知れませんね。
ただし、やっぱり気になるのが、そこまで汚くする必要があったのかと、疑問になったのですが、これは必要不可欠な事だと思い返しました。誰かが死んでいく喪失感は、時間と共に、その人の色や匂い、使っていたものが寂れて、やがて無くなっていく喪失感です。みつこは、母が亡くなって、全てが無くなる不安を抱えていたのですが、アルゼンチンババアは、全て捨てる事をせず、汚くてもそのままの状態にしているのです。みつこは、そんなアルゼンチンババアに、ホッとし、無くなることのない居場所に、心のより所を見つける事ができたのだと思います。
アルゼンチンババアの器の広さ
ここで気になってしまうのが、アルゼンチンババアの存在です。異国の人と言う事から、不思議な雰囲気を見事に作り上げ、日本人のしがみついている価値観を、良い意味で崩してくれる存在だと思いました。アルゼンチンババアは、みつこの父親から、みつこの話しを聞いていたのでしょう。
日本人の女性なら、好きになった男の子供に、これほどまで耳を傾け、初めて会ったみつこを、抱きしめてくれるような、愛情を注げないのでは?日本人は、愛情深いかも知れませんが、島国であるためその愛は、狭いとおもいます。自分の子供だけを愛す、自分の身内だけを可愛いと思う。そんな愛の注ぎ方だと思うのですが、異国であるアルゼンチンババアには、広く隔たりのない愛情を注げる人なのだと感じました。見習いたい、愛情の器の広さです。
ただし、50才で妊娠はどうなのでしょうか?身体的に考えて、無理があるのでは?
愛する人を2度も失えば立ち直れないのでは
物語の最後の方で、アルゼンチンババアは、死んでしまいますが、死んでしまう必要があったのでしょうか?物語の中で、2度も母親を死なせてしまうには、なんらかの理由が必要だと思います。みつこの母親の病気も、あまりよくわかりませんでしたが、アルゼンチンババアの死ぬ原因も、取ってつけたように感じてしまいました。しかも、そのアルゼンチンババアの死に動じることない、父親とみつこ。アルゼンチンババアの死を描写してないせいもあるのでしょうが、2人の立ち直りの早さに、驚きを隠せませんでした。
父の恋を簡単に受け入れられるのか?
母が死んでから、何年も経たないうちに、女ができる。そして、その事が正当化される。母が可哀想な気がしますが、結局は残された人間は、死んだ人の事を諦め、忘れなければいけないのかも知れません。いなくなった人を、いつまでも思っている事は、生きている人達にとっては、幸せを逃してしまう原因です。思い出だけを詰め込んで、父親のようにイルカや曼荼羅として残す事は、死んだ人の事を思っているようで、実は自分が納得し、次の幸せを見つけるための区切りなのかもしれませんね。
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