その世界観に引き込まれ、読み終えるまで本を閉じることができない - 精霊の守り人の感想

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精霊の守り人

4.704.70
文章力
4.70
ストーリー
4.70
キャラクター
4.75
設定
4.75
演出
4.63
感想数
5
読んだ人
19

その世界観に引き込まれ、読み終えるまで本を閉じることができない

4.04.0
文章力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.0

目次

バルサの孤独な闘いにつらくなるのに目が離せない

川を流される人を見過ごせなかったバルサは自ら川に入り流されていた者を助けたが、それがすべての始まりだった。人助けをしたに過ぎないバルサであったが、まるで罪を犯したもののように取り囲まれ、捕らえられてしまう。ただの通りすがりのつもりがそうはいかなっかった。気がついた場所は暗い牢の中であり、身動きできない状態であった。少なからず拷問を受けて助けた理由を探られるバルサだったがものともせず死を覚悟しているようにも思えた。初めて登場したときからこのバルサという人物はただ孤独で、しかしその運命を受け入れてひたむきにしたたかに生きているように思えた。それまでの人生でいったい何があったのか、誰も信じない、自分の力で生き抜くこと以外は何も信じない。そんな人物の力強さと秘められた苦しみのようなものを感じながら目が離せない気持ちで読み進めていた。ひっそりと生きていきたいのに人を助けてしまったことで命を狙われ、追われる身になってしまったこと、それでも屈しない、いわば折れない心でただ生きていこうとする。時代背景が古いような、新しいような作者の物語の作りにも引き込まれた。国の名前、人の名前。食べ物の描写などにも想像すればするほどこの守り人の世界に入り込んでいく。夢中になってしまうファンタジーに児童書ながら圧倒的な存在感、読みごたえを感じた。

 

もはや仕事ではなく、人間としての守り人に夢中になる

 

バルサは用心棒が生業であったが、ある人物の依頼でその仕事を引き受けるということになってしまった。それは生きるためではなく、仕事だから引き受けたようにも見えた。そのつもりだったのかもしれないけど、たぶん最初の出会いから守り人になる運命を受け入れていたように思う。もとより、自分の運命をいろんな思いから受け入れて生き抜いてきたバルサだったからこんな命がけの状況になっても死ぬことへの恐れなどより自分ではない誰かを守り抜くことで生きる目的を自分の存在を肯定するような思いがあったのではないだろうか。精一杯闘い、傷だらけになり、さすがに命も限界の状況になったとしてもあきらめないバルサに読んでいる間ずっと励まされた。これがファンタジーなのかなと何度も思った。こんな世界はほんとうにないのだろうか。いや、現実の世界もちょっと置き換えたらこんな具合なのじゃないだろうか。こんな風に力あるものが無言のものを抑制し、自分のみを守れないものは消えていくだけ。搾取されて底辺に落ちていくだけ。そんな縮図はいつの時代にもこの通りに再現されていて、実はどこも虚構ではなく、この世界は映し鏡のように今あるこの世界なのではないだろうか。そんなことを思うほどこの上橋ワールドにはまっていく。すべての話を読み終わるまで本を閉じることができなくなる。激しい闘いは息をのむほど鋭い描写がなされ、穏やかな心温まる日常や人のふれあいは体温を感じるほどやさしく描かれている。子どもたちだけではなく、大人にもいっしょに読んでほしい世界観なのだ。ファンタジーっていったいなんだろう。空想のありえない世界のこと?いや、そうじゃないのだ。あまりにも理解が足りていなかったのはこちらのほうだった。ファンタジーとは、誰の心の中にでも、頭の中にでもある世界で、それは眠ってみる夢のようにいつでもふれているようなものだったのだ。精神状態によっては苦しくて悪夢のようであったり、目が覚めてももう一度寝て続きを見たいような楽しい夢だったりするのがそのままここに、本の中にある。そして本を閉じてもその世界は頭の中で続いている。

 

精霊とは、守り人とは

 

バルサの旅の目的が少しずつわかってくる。そしてバルサはどうなってしまうのかますます目が離せないまま物語は佳境に入る。政治や権力のおぞましい争いに予想以上の人々が巻き込まれていく。バルサは仕事をやりとげることができるのか、心配で気が気ではない。じれったい気持ちになりながら重要な人物たちの心の動き、その本心もわかってくる。精霊はこんな風に存在し、人の世界に入り込んでくるのか。この国はかつて何をしたのか。なんだかどこかで聞いたようなつらい話を繰り返されて思い入れが複雑になってしまう。心優しい人たちの行く末も心配になる。バルサはいつまでたってもずっとこんな苦しい旅を続けるほかないのか。おだやかに暮らせる日など望んではいけないのか。もっと夢を見せてくれるファンタジーだといいのに、この物語は常に厳しい。いくつかの国が絡み合う世界で政治的な陰謀ももちろんあり、大人向けの苦い話も盛り込まれている。シビアに物語を進めていくつもりなのがよくわかる。ハッピーエンドなど望まず、夢物語ではない過酷な話を読んでいる気分で最後まで読み進むと人間のあり方、精霊の存在、命、そんなことへの向き合い方をきちんとわかりやすく教えてくれる。突き放さずに読者に考える余地を、希望をくれる物語だ。

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児童本? いやいや、大人もこのファンタジーの世界にはまっちゃってください

ファンタジーといえば、魔法や異世界の生き物が詰まった物語を想像する人が多いかもしれません。しかし、この本は一味も二味も違います。当時、子供だった私が図書館の「児童本」のコーナーにあったこの本を最初に手にとった時、「挿絵少ない」「字がハリポタ並みに細かい」「分厚い」「表紙こわいなー」などなど、ぶっちゃけ悪い印象しかもてませんでした。けれども読んでみたら、全然そんな事か気にならないくらいに読み進めてしまいました。挿絵が少ない?――なにこれ?!自然と頭に映像がうかんでくる!分厚い?――もっと読みたいのにみるみる残りのページが減るわ減るわ本当に夢中になりました。上橋さんの描写が細かくてイキイキしていてさらに丁寧で、字のチョイスも子供に分かりやすいように配慮して書かれた作品だったからでしょうか。ファンタジーの世界にどっぷりでした特に大ボスの弱点が100年前の石碑と代々村に伝わる祭りの本当の意味によっ...この感想を読む

5.05.0
  • aosoraaosora
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  • 454文字

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