未完の傑作『金色夜叉』 - 金色夜叉の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

金色夜叉

4.004.00
文章力
3.50
ストーリー
3.50
キャラクター
3.00
設定
3.50
演出
4.00
感想数
1
読んだ人
8

未完の傑作『金色夜叉』

4.04.0
文章力
3.5
ストーリー
3.5
キャラクター
3.0
設定
3.5
演出
4.0

目次

貫一お宮の悲しき恋

全国有数の温泉地・熱海にある有名な貫一お宮の像は、『金色夜叉』を読んだことのない人もよく知っていることだろう。

「(前約)月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」と間貫一が、泣いてすがるお宮を蹴り、別れを告げた重要なシーンをモチーフにした像だ。

『金色夜叉』は、金と愛に翻弄された男女の悲しい恋を描いた作品である。

お宮に一方的に別れを告げられた貫一は、以降冷酷非情の高利貸しとなって生きていく。一方、お宮は貫一を裏切る形で資産家の富山唯継と結婚するが、決して幸せではない人生を送り、その心にはいまだに貫一への未練が残っている。

なぜお宮が貫一を振って富山に嫁いだのか、理由は明らかになっていない。作者・尾崎紅葉が、未完のままこの世を去ってしまったためである。

尾崎紅葉の急逝以降、様々な文学者や研究者が『金色夜叉』の本旨を読み解こうと努力しているが、どれを見ても読者の求める「本当」にはたどり着けないだろう。正統な『金色夜叉』の結末はやはり、生みの親たる尾崎紅葉の胸のうちにしかないのである。

お宮の裏切りの理由は

文学者や研究者の間で、もっとも盛んに議論されているのが、ヒロイン・お宮が貫一を捨てた理由である。

これは『金色夜叉』のストーリーにおいて最大のミステリーであるが、残念なことに尾崎紅葉が宮の謎について明言している箇所はない。朧気ながら、宮は貫一を嫌いになった訳ではないこと、富山との結婚には宮なりの考えがあったことが作中で示唆されている。

また、尾崎紅葉自身が、「宮は新時代のヒロイン像を打ち立てた」と述べているという証言もあることから、宮は近代の金銭主義に準じたヒロインであり、富山という男の財産目的に嫁いだのではないか、という見方がある。

さて、ここが『金色夜叉』の最大の争点である。宮の真意は詳細には記されてはいないが、嫁いでからの宮はひたすらに悔い、嘆いている。貫一に謝りたい、死んでしまいたいと思っているのです、とさえ告げている。金目当てで嫁いだ女にしては、ずいぶんと健気なことを言っているではないか。

肝心なのは宮が貫一に「謝りたい」と何度も繰り返している一方で、貫一と”より”を戻したいかは不明であるという点だ。

謝って”より”を戻したいというならば話は別だが、謝りたいが”より”を戻す気がないというのであれば、ただ自分の行った行為を正当化したいというだけの身勝手な女のように思える。

ここで考察のキーとなるのが、貫一の職業だ。貫一は金のために宮を失ったと考えており、高利貸しという職業に身をやつす。

高利貸しは今でいう闇金業者のようなもので、決して世間に堂々と公表できる職業ではない。人の血をすするような職についている貫一と、宮はやり直したいと考えるだろうか?

むろん、宮は自分のせいで貫一の人生を狂わせてしまったという負い目はあるだろう。その点で「謝りたい」というのなら理屈は通る。だが、そのうえで貫一と”より”を戻すというのなら、相当な覚悟が必要なはずだ。

大人の、しかも一度は子供を持ったことのある女が、社会的に後ろ指さされるような職の男に人生を預けるとは考えにくい。

こうしたことを踏まえれば、やはり宮は貫一とよりを戻すという気はなく、自らの行いを正当化するため、もしくは貫一の人生を狂わせてしまったことを謝りたい気持ちがあるという風に推測するのが自然といえる。

ただーーもし、宮が貫一の職を受け入れ、それでも彼の元に戻るという意志があったというのなら。

『金色夜叉』は、近代社会に取りついた金銭主義を、世間の目を厭わない愛で打ち払う作品として、世に名を残していたかもしれない。

”金色夜叉”とは誰のことか

たびたび本考察では『金色夜叉』が近代の金銭主義をテーマにしていることを述べてきた。

(どういった真意によるものかは不明だが、)恋人を捨て、資産家のもとに嫁いだ宮。その最愛の恋人・宮に捨てられたことから、高利貸しとなった貫一。主人公たちはいずれも、金という魔物に人生を狂わされている。

『金色夜叉』を研究する文学者の多くは、”金色夜叉”とは間貫一のことである、と主張している。人を食らう鬼神である夜叉は、確かに高利貸しとなり、人の弱みにつけこんで金をむさぼる男ーー貫一のイメージに近い。

だが、筆者はこれに異を唱える。貫一は確かに職こそ血も涙もない夜叉のような仕事に違いないが、心のうちまで鬼となってはいない。それは、貫一が自ら清貧の道を歩む盟友・荒尾に涙していることからも明らかである。

貫一は金という魔物に今なお翻弄される一番の被害者であり、その心は決して冷たい鬼のそれではないのだ。むろん、真意が知れぬ宮も、宮を自らの財力で手に入れた富山も、「夜叉」というには足らないだろう。

”金色夜叉”とはむしろ、金そのもののことなのではないか、と筆者は考える。近代日本に忍びよる恐ろしき魔物。二人の愛を狂わせたそれは今もなお、人々の心を修羅に変えている。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

金色夜叉を読んだ人はこんな小説も読んでいます

金色夜叉が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ