エッセイにこそ三浦しをんの魅力はあり
直木賞作家・三浦しをんの正体は漫画好きの腐女子
『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞した三浦しをんの名は、読者諸兄もよく知っていることであろう。
2011年に『舟を編む』で本屋大賞を受賞したことも記憶に新しい。『風が強く吹いている』のタイトルを舞台、映画のいずれかで耳にしたことのある人もいるだろうし、『WOOD JOB!』の名で映画化された『神去なあなあ日常』を知っているという人もいるかもしれない。
三浦しをんの作風にクセはなく、文体は総じて読みやすい。職業小説を描くことも多いが、それは作家三浦しをんの個性の一端を現しているに過ぎない。
三浦しをんを語るうえで、一番忘れてはいけないのが「腐女子」「漫画好き」という点である。
三浦しをんは男性同士の恋愛を描くBL(ボーイズラブ作品)に造詣が深く、また漫画(少女・少年問わず)をひたすらに読み続けている。旅先で荷物が増えるのも厭わず絶版となった古本を買いあさる様は、”漫画の好事家”を超越して”漫画の達人”という言葉が似合う。
そんな一風変わった三浦しをんの日常が垣間見えるのが、エッセイ集『極め道』である。
なお、評価についてはエッセイ集ということで、文章力以外の評価は標準点である3としておいた。エッセイのなかには個性豊かな人物(主に三浦しをんの弟と友人)が登場するのだが、これはキャラクターの評価のなかには入っていないことを追記したい。
日常。日常。日常。日常のなかに、三浦しをんの観察眼が光る
エッセイ集ということもあって、『極め道』は基本的に三浦しをんの日常を描くノンフィクション短編だ。
で、肝心の中身がどうなっているかというと、道端で出会った男に「ブス」と言われてショックを受けつつもブスとは何かを切々とつづったり、眠れない夜にただ取り留めのない思索にふけったり、足の甲に毛が生えた弟の話だったりする。
要するに内容は完全に自由で、自由であるぶんだけ、読者は三浦しをんの世界を知ることが出来るという訳だ。
読者は三浦しをんのエッセイを読み、その面白さにはまっていくうちに、三浦しをんの鋭い観察眼と盛んな想像力に気づかされる。
例えば、年金の窓口対応をするおじいさんの迫力だとか、Y線(おそらく横浜線と思われる)に乗ってきたやく○さん系の人たちとか、一度すれ違った人たちのことを三浦しをんはことごとく観察し、見たことを詳細に文章のなかに落とし込んでいる。彼らの表情や物の言い方にまで言及していて、一体三浦しをんはどこまで人を観察しているのか空恐ろしくなるほどだ。
また、一つの物事に対して自分なりの想像を拡げるのが日常になっていて、しかもその考察が主観的なものでなく、むしろ冷静であることも面白い。さすがに「ブス」と言われたときはちょっと冷静ではなかったけれど、こうした”見た物事を文章化できる能力”は、作家・三浦しをんの才能を支える柱となっているだろう。
例えば代表作『まほろ駅前多田便利軒』は、便利屋家業をしている主人公の多田と行天が、様々な依頼に応えるという形式を取っているが、その依頼人たちが実にユーモラスだ。どこかで見たような人間でありながら、物語としてのキャラクター性もちゃんと持ち合わせている。
『まほろ駅前多田便利軒』が直木賞として評価されたのは、こういった現実と非現実の境界にいる人々を描けていることにも由来しているのだろう。そしてその礎となっているのは、間違いなく『極め道』で見られるように作者・三浦しをんの観察眼によるものだ。
時に暴走する妄想はギャグですらある
と、大真面目に考察のようなものをしてみたが、『極め道』はエッセイの皮を被ったコメディであることを伝えなくてはならないだろう。
まず、三浦しをんの不摂生ぶりが面白い。三浦しをんのエッセイは他にも多数出版されているが、大体一冊につき2~3回は体調と病院のことが記されている。まだ若いのに…。
しかし三浦しをんはただでは終わらず、ひどい便秘に悩まされたと思ったら便意と古本屋の関係に言及したり、左肘を痛めて左腕の有用性について語ったりと、全てをエッセイのネタにするのである。怪我の功名とは三浦しをんのためにあるような言葉だ。
また、言葉繰りのセンスも秀逸で、むしろ本業の小説より生き生きとしているほどである。この軽妙な言語センスが本編中のギャグ(というより、三浦しをんはただ日常を正直につづっているだけなのだが)の骨子となり、しかもレパートリーも豊富なので読者を飽きさせないようになっている。
三浦しをんエッセイは永遠にネタが尽きない
軽妙な言語センスとたぐいまれなる観察眼によって、単なるエッセイを超えたギャグエッセイを世に送り出した三浦しをん。
恐ろしいのは、日常をもとにしたエッセイであるがゆえに、三浦しをんが文筆業をやっている限り終わりがないということである。
現在、三浦しをんは出版社から引っ張りだこな人気作家になっており、エッセイの進行が度々ストップすることがある。
だが、三浦しをんの本領が発揮できるのはやはりエッセイを置いて他にない。
様々な事情があるだろうが、三浦しをんには末永くエッセイの執筆を続けていただきたい、と思う次第である。
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