痴人の愛 考察
まじめな男が美少女に恋をした結果、人生が転落していく話。
まじめな男が美しい女に恋をした結果、振り回されて人生が破綻してゆく、というのは他の作品や映画にも見られるテーマである。
女性に不慣れで真面目であるからこそ、突然現れた美しい女に盲目状態になってしまうのだろうか。
いずれにしろ、読んでいて面白い題材であることに変わりはない。
この物語のヒロインである「ナオミ」は、今風に言うと性格の悪い女である。
これに肉体的な美しさが伴っているからこそ、絵になるというものであろう。
そもそも彼女が不細工であったら、主人公である河合譲治も気にもとめなかったはずである。
物語が進むにつれてわかってくることだが、ナオミは貧乏な上、十分に愛されずに育ったようである。
知らない男の申し出で簡単に娘を簡単にに委ねるというのも、親としてまずどうかしている。
そういったことからおそらくナオミは両親から十分な愛や関心を受けずに育ってきたと考えられる。
そして現れたそれなりに年上の男が一緒に住もうと言い出し、やっと自分だけを見てくれる人ができたわけである。
彼女はまだ10代やそこらであり、家庭環境もふまえると十分しつけ、教えてあげることがあったにもかかわらず、
主人公が教えたのは「勉強」のみ。しかも、出来が悪いと罵る始末。
要するに主人公は、「どこに出しても恥ずかしくないレディー」がなにかわかっていなかったのであろう。
それは、女性経験のなさも一因ではないだろうか。
主人公は、ナオミを気に入ったきっかけも美しさ、外国人のような風貌であるし、やたらと体裁にこだわる人間のように見受けられたが、「レディー」は内面が伴ってこそのものであるし、主人公程度の器の男に育て上げられる代物ではない。
彼女が泣いてもすねたりしても結局主人公が謝る、というのは甘やかすことにほかならないし、その上金を浪費するくせまでついてしまい、つまるところ彼女を美しいが浪費癖のある下品な悪女に育て上げたのは、ほかでもない主人公であると思う。
ナオミが「馬鹿」で「飽きっぽい」性格であったのも、率直に言って主人公の教え方が下手だったこと、ナオミが全く興味のないことをやらせていたからなのではないだろうか。
勉強をするにあたり、同じ内容を教えていても、興味を持たせる教え方をする教師は、塾や学校などでも人気がある。
貧乏で特に親に品があったわけでもない家庭環境では、「馬鹿」なのはある程度仕方が無い。
個人的には、「馬鹿」という言葉は単純に、経験不足、に置き換えられるように思う。
最初から彼が欲しかったのは「自分の思い通りの理想の女」であり、「ナオミ」という一個人ではなかった。
「妻として恥ずかしくない女」を欲するということは、主人公の心理的なコンプレックスの表れではないかと思う。
「どこに出しても恥ずかしくない」「レディー」が欲しい、つまり自分よりスペックの高い、誰もが羨んで認める、自慢になるような女である。
当時にしては、「レディー」という言葉は新しいものであったろうし、「外国人」のようなナオミを手に入れたがり、要するに流行の最先端にいたかったのであろう。
これを欲するということで、主人公はかなり自信が無い人間であったのではないかと推測できる。
ここまでこだわるのには、過去にひどくばかにされたとかいうことがあったのかもしれないし、
もしくは、彼が質素で平凡な男なので、何の取り柄もなかったのだろうから、華やかな連中に憧れ、劣等感を抱いていたのかもしれない。
そして注目すべき点は、自分を「どこに出ても恥ずかしくない紳士」にするのではなく、そのスペックを他人に求めており、それと結婚することで手に入れよう、という考え方である。
これは、平凡な自分自身に対する諦めのせいではないかと思う。
そしてナオミが、主人公が欲しいのは「ナオミという一個人」ではないこと、自分の理想に沿わないからこそ怒っていること、
それに気づかないことはないだろう。
しかも、自分の美しさには敵わず、泣いたら謝ってくる情けなさときたら。
そう考えると、ナオミが主人公をどんどん軽んじるようになり、他の男に手を出すことも仕方のないことのようにも思う。
主人公が自分の目的のために、ナオミがしたくないことをさせ続けた結果、最終的には完全になめられて尻に敷かれ、奴隷のような生活を送ることになったのは、因果応報のようにも思う。
最後の方のナオミのセリフに品のかけらもなかったことが、印象に残った。
めちゃくちゃな関係でもお互い利害が一致している夫婦、ということで「痴人の愛」なのではないだろうか。
あの二人の結婚生活はいつまで続くのか、ナオミが美しさを失ったときには関係がどうなるのかなど、気になるところではある。
ナオミが美しさを失い、年をとったら、ただの性格の悪い女、おばさんであるからだ。
いずれにしろ、とても楽しんで読めた作品であった。
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