目立たないが、玉村警部補のスピンオフ作品
スピンオフなのに目立たない玉村警部補
バチスタシリーズのスピンオフ作品ですね。スピンオフといえばメインの登場人物ではないが人気のある登場人物に焦点を置いた作品になると思うのですが「玉村警部補?」というのが正直な感想でしたね。さらに本作品では玉村警部補よりも加納警視正のほうが目立っている印象でした。
ただ、やはりうれしいのは田口公平さんが白鳥に振り回され、玉村警部補が加納警視正に振り回され、同じ境遇の2人が共鳴し言葉にはしないが同情しあっている場面がバチスタシリーズファンとしてはうれしいところですね。
本作品はそんな玉村警部補が遭遇した事件の短編集になっています。
東京都二十三区内外殺人事件
読み始めた瞬間、既視感に襲われました。どう考えても読んだことのある内容で誤って既読の作品を購入してしまったのかと思ったくらいです。しかしそんなはずはないと思い読み進め、内容を思い出し、以前読んだ内容の話が違う視点から書かれているのかと思いました。しかしさらに読み進めてみるとどう考えてもすでに読んだことのある内容・・。
解説を読んで知りましたが、イノセントゲリラの祝祭の裏話として出てきた部分とまったく同じ内容がそのまま載っているとのことでした。通りで既視感があったはずで、安心しました。それにしても玉村警部補のスピンオフ作品だというのに1話目から田口&白鳥コンビメインの話となっており、スピンオフとは・・という気持ちになりましたね。
この話は東京都と神奈川県の境界線の所轄の話でしたね。死体の位置が少しずれただけで所轄の警察が変わり、所轄の警察が変わることで身元不明・原因不明死体の取り扱いに雲泥の差があるということが勉強になる話でした。
田口&白鳥コンビのいつも通りのコントのようなやり取りが見られ、一方で死亡時医学検索という観点での地域格差に関して考えさせられる内容になっている点がさすが海堂先生という内容でしたね。ただし殺人事件に遭遇したり何か事件に遭ったりする可能性がない限りは自分が住んでいる地域が死因究明に積極的な地域かどうかなどということは気にしないというのが現実ではありますね。
青空迷宮
この話で出てきたサクラテレビのプロデューサーの諸田藤吉郎は夢見る黄金地球儀などにもちらほら出てくる登場人物ですよね。「モロ好み」という口癖以外は特に特徴があるわけではなく印象に残るようなキャラクターでもないこの登場人物を海堂先生がこうも時々登場させることが今一つ納得がいきませんね。この話の中でもキーパーソンになるでもなくメインで出てくるでもなく愛される新たな一面が発見されるわけでもなく・・個人的にこの登場人物にだけは謎を感じます。
今回の話はテレビの企画で青空の下で芸人たちが迷路をクリアしていく中で殺人事件が起こり、しかし迷路は密室と同じような状況になっており撮影したカメラにも犯人は映っていない・・という中で推理の進んでいく話でしたね。
事件内容よりも何よりも、いくらフィクションの中とは言ってもその企画が面白くなさすぎるという点ですね。現実でこんな企画が放送されたら放送事故レベルだなと思いました。また、殺された利根川に関してもこんなにいかにも殺されそうなキャラクターいるだろうか・・というのも違和感のひとつでしたね。動機に関してもそこまでなんの伏線もなかった恋人の自殺が急に出てきたという点、少し強引な気がしました。
しかし逆に言うと、いかにも殺されそうな利根川が殺され、いかにも恨みをもっていそうな真木が犯人であるという点はわかりやすく、加納警視正の推理方法や犯人の追い詰め方が斬新だった点が対照的だった点が印象に残っています。これが読み終わったあとしっくりきた理由なのかもしれませんね。この人が犯人だろうか、いや、この人だろうかという難易度の高い推理小説で結果も伏線はりまくりの大どんでん返し!という話も面白いですが少し疲れてしまいますからね。
事件解決した後の加納警視正のセリフの「ヤツは自分が作り上げた心理迷宮に勝手に自ら落ち込んだ」というのは、今回の企画である青空迷宮にかけてあって、しっくりくる締めくくりでしたね。
また話の本筋から少しずれますがこの話の最後の加納警視正のセリフである、「これからの捜査はモニタに張り付き検索かけまくり隊になるかもしれないな。そうしたらニートの引きこもりを大量雇用すればいい。連中は凝り性だから丹念に捜査してくれるし、ヒマ人間の余剰時間の有効利用につながり雇用創出、国力増強にもなるから一石二鳥だ」というもの。何気なく言っていますがこれはすごい発見ではないかと感じましたね。
これが実現すれば世界は変わるのではないでしょうか。個人的には実現してほしいような内容になりますね。世の中に無駄な人間がいなくなりますよね。
四兆七千億分の一の憂鬱
現在の高い精度のDNA鑑定に焦点を置いたお話しでした。
DNAの精度の話だけではなく医療現場と警察の協力関係に関しても勉強になる話でしたね。その双方の協力関係がもっと強固なものになれば事件解決はさらに早いものになりそうですね。
この話の中の事件に関しても、青空迷宮と同じく事件の大枠はわかりやすい形になっていたような気がします。状況証拠的に明らかに犯人という人物が出てくるが、動機に関してあ考えた時にかなり怪しいがアリバイのある真犯人、という構図はわかりやすいものですよね。真犯人である白井がどのようにして犯行に及んだかを推理していく話でした。
結末であった、犯人にしたてあげられた馬場の血液を、手に入れる機会のあった白井が遺体にふりかけるという行為なのですが、古典的だなという印象です。
現在の技術では血の付着に関してもそれが返り血によってついたものなのかや、どのような角度から、もしくは状況からついたものなのかまでわかるといいます。
その点で考えると、すでに倒れている遺体にぱらぱらっと血液をかけるというやり方では何か不自然な点が出てしまうのでは?という疑問がありましたがこの話の中ではそこまでは関係ないようですね。
四兆七千億分の一の確率でDNAが一致するという話だったのですが、そもそも本人の血なので当然ということですよね。これは結局その確率で一致しても真相が別のところにある可能性があるということですね。確かに遺体に血液が付着していたとなれば犯人と断定されかねないので現実世界で同じことがあれば冤罪に結びついてしまう可能性のある事件だったように感じます。
エナメルの証言
身元不明の死体を歯で特定するというのは一般人でも知っているような事実ですが、それを逆手にとった犯罪・偽装という話というのがかなり斬新でした。
現実でこのような事件が検挙されたというニュースは見たことがないのですが、この話の中に出てきたように内内に処理されてしまっているのではないかとも思えるような話でした。
また、なぜヤクザの焼死体が何体も出てくるのか疑問で、最初は殺人を起こしてその証拠抹消をするために死体を細工しているのだと思っていたのですが本人たちの悪だくみによるものだったのですね。莫大な利益を得た結果、日本にいる自分たちを自殺したことにして海外で悠々自適な生活を送る、賢いな~と思う反面、そんなに続々と同じ組の人間が焼死体で発見されたらどこかで疑問に思う人物がいて、足がつくとは思わなかったのでしょうか。
さらにこの話の中の中心人物である栗田という人物像がかなり気になりましたね。
この人物を主人公にしての長編があったら読みたいと思えるような人物でした。妙に冷めた考え方・行動の彼の背景には何があったのかということや四国に逃れた後どうなったのかなど気になりましたね。
まとめ
玉村警部補のスピンオフ作品ということで玉村警部補がかなりいい動きをしたり主人公になって話が進むのかと思っていたのですが蓋をあけてみると各話にちょこちょこっと出てきてはちょこちょこっと加納警視正に振り回されるシーンがある、という程度でした。
バチスタシリーズの読者としては最後の解説で、この話はイノセントゲリラの祝祭の頃なのか~とかアリアドネの弾丸の頃ね、と楽しむことができたので玉村警部補が活躍していなくてもそんなに不満はありませんでした。
ただ、最後に「結局、自分はこの勇者の従者という立場から永遠に抜け出すことはできないのだろう、と玉村は思った。それは絶望的な状況だったが、決して不快ではなかった。」という一文があってなんだかほっこりした気分で負われましたね。
白鳥に振り回されている田口はまれに不快そうに見える時があるので、その点がそのコンビと加納&玉村コンビの違いなのかなあと思いました。絶望感は感じていても、加納に関して一種の愛着であったり尊敬の念だったりがきちんとあるのでしょうね。白鳥&田口が悪友コンビであるのに対して、加納&玉村は面白い師弟関係という印象ですね。
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