正義感に突き動かされた復讐 - 三たびの海峡の感想

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三たびの海峡

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正義感に突き動かされた復讐

4.54.5
文章力
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ストーリー
4.5
キャラクター
4.0
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4.0
演出
4.5

目次

徴用された朝鮮人の苦悩

帚木蓬生の小説の根底にはいつも正義がある。彼が書いた小説の中の主人公の行動を左右する指針は正義感であると私は思っている。この『三たびの海峡』とて例外ではない。主人公の河時根は自らが正しいと思うほうに動いている。そんな帚木蓬生の小説に私は引き込まれるのだ。

戦時中の朝鮮人の強制連行については、今なお様々な議論がなされている。実際に強制連行はあったのか否か。日本側としては同胞として徴用はしたけれど「強制」ではなかったという見解なのであろうか。私は「強制」という言葉の持つ意味の広さにも問題があるのではないかと考えている。日本人だって、当時は赤紙一枚で戦地に狩り出されていた。もちろん、受け取る側の都合などはお構いなしである。これだってある意味「強制」ということができるのではないか。朝鮮人の徴用を「強制」にしてしまったのは、面の役員に責任の一端があるような気がする。ノルマのようなものもあっただろうし、方便として嘘も吐いたのかもしれない。それが後々、「強制」されたというように伝えられてしまったような気がする。実際、他の本で読んだ時には農村部の若者は日本での金銭目当てに自ら志願して徴用されたケースも多かったという。この物語のなかでも河時根は家族の生活を守るために、兄弟の代わりに日本に赴いている。

それでも、その後のリンチは許されていいことではない。炭鉱の労務課の日本人は彼らの尊厳を無視している。故国を思いながら仲間でアリランを歌い耐え続けた河時根と仲間たちの苦悩はどのようなものであっただろうか。同じ国民同士の絆の強さを思う。しかし、終戦前の日本もかなりの食糧難であったことも理解してほしい。過酷な労働に見合うだけの食料を供給することは、かなりの困難だったであろう。日本人とて、我慢していたのだ。そんななかで、私腹を肥やそうとする労務課の奴らは極悪非道という他ない。

愛する日本人妻との別れ

厳しい炭鉱から命からがら脱出した河時根。彼を待っていたのは美しい日本人、佐藤千鶴だった。二人は仕事が休みになる雨の日だけ二人きりで会うことができた。戦時下という非常事態が二人の愛を燃え上がらせたのかもしれない。千鶴は日常、彼らが使う日本名よりも本名の「河時根」のが好きな名前だと言った。なんて素敵な場面なんだと感動した。当時、同胞という名目のなかで、朝鮮人と日本人との恋愛は結構多かったのではないかと推測する。しかし、結婚後その多くが日本に残ったのではないか。終戦後の日本は朝鮮人にとっては、居心地が良かっただろうし、日本名もあって生活しやすいからだ。

しかし、佐藤千鶴は河時根と共に韓国に渡る選択をした。それが2回目の海峡である。千鶴のお腹の中には二人の赤ちゃんもいたのに。なんという献身。河時根が日本にいい思い出がないこと、故郷の父母を大切に思っていることを尊重してあげたのだ。強い。実際、千鶴も河時根の子どもを身ごもった以上、日本には居場所がなかったのかもしれない。

韓国に帰った河時根。愛情を持って迎えられると信じていたのに、千鶴という日本人と結婚したばかりに周囲から白い目で見られてしまう。彼女が日本人であるが故に、二人は差別される。何という皮肉。千鶴は河時根の国の人間として生きる覚悟を持って海を渡ったのに。今よりずっと何人であるかということが、問題視される時代だったんだね。田舎であるほどそういう傾向にあるのだろう。河時根の家族さえも差別される事態になる。それでも、河時根は千鶴を守ろうとした。しかし、世間に負けたのは千鶴の方だった。きっと河時根の将来を見据えて身を引いたのだと思う。つらかっただろう。もしかしたら、子どもの将来も案じたのかもしれない。

そして、三たびの海峡

千鶴を忘れるために、死に物狂いで働いた河時根は財を得た。新しい家族もできた。河時根と別れた後、千鶴は独身を貫き通したのに。一人で子どもも育てたのに。もっと、時代が落ち着いてから再会したら、二人は一緒に生きていけたのかもしれなかったのにと、そこのところは残念に思う。千鶴の息子は父の国に興味を持ち、ハングルを学んでいた。素晴らしい。千鶴の育て方が良かったのね。千鶴が河時根の再婚を知らずに逝ったのは、せめてもの救いだったのかもしれない。

河時根が三たびの海峡を渡ったのも、私は正義感に突き動かされたからなのだと思う。彼にとって最期の旅。あの炭鉱で、敬愛する金東仁が受けた辱めを、彼は決して許してはいなかったのだ。死期を知った河時根にとって、人生の最後の目的は復讐であった。命を落とした仲間たち。苦労をともにして支え合った仲間たち。その墓を守ること。その尊厳を守ること。河時根はそのために生かされたのかもしれない。労務課の奴らの金東仁に対する行為だけは、絶対に許せなかったのだろう。男として、人間として。

復讐を醜い行為だと決めつけることはできない。むなしいとも思わない。河時根の復讐は正義のための命がけの行為だからだ。最後にもう一度。帚木蓬生の小説の根底には正義がある。

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