管理部門中心の話だが、推理も楽しめる作品
捜査畑以外に注目した話
通常の警察小説と呼ばれる小説では犯罪が起こり、刑事が様々な証拠を集め、犯人の動機を探り犯人にいきつくというストーリーがほとんどです。その中で一緒に推理をして楽しんでいくイメージなのですが「陰の季節」では捜査畑以外の部署に主眼を置いてストーリーが進んでいきます。人事課に所属する二渡、監察課に所属する新堂、警務課の七尾、秘書課の柘植をそれぞれ主人公とした管理部門中心の短編集でした。
第一話:陰の季節
警察でもこんな風に人事で色々とあるのだなあというのが最初の印象ですね。その職種に身を置いたことのある人でないと想像できないかもしれないですね。一般の企業のように、人事発表の時期にはそわそわしたり、自分より能力の劣るものが出世したりという出来事が警察でもあるということが新鮮に感じました。それこそ警察の管理部門などは犯人を挙げるなどの成果が見えにくいので年齢などでエスカレーター式に昇進していくものだと思っていました。短編集の中の第一話目の「陰の季節」。天下りした尾坂部が任期を過ぎても辞めないという問題を解決するために人事課の二渡が悪戦苦闘するという話の中で辞めない理由にいきつくわけですね。読んでいく中では何か尾坂部に金が必要なことがあり、その黒い背景を追っていくのかと思っていたのですがなんとも切ない真相に驚きました。
ただひとつ疑問だったのはそこまでまわりくどいことをする必要があったのかという点ですね。ただ、証拠が消滅してしまった中で本人に自供させるしか方法がないということを考えると仕方がなかったのかもしれないとも思えました。
「犯人は事件現場には戻らない」という言葉が最後にこのようにつながってくるのかと感動しました。二渡が真相を知るために運転手の青木に色々と質問をぶつけた場面で青木が蒼白になっていたのは口止めされていたからではなく自分が犯人だと突き止められてしまう恐怖があったのでしょうね。しかし最後に、運転手が別の人間に代わっているだけで二渡の中ですべての線がつながったというのは少し無理があるような気もしましたが。
最後の、「手錠をかける。それこそが刑事の仕事なのだ」という一文は刑事であった尾坂部の、本来は目的としていた「犯人の死」に対しての後悔が垣間見えましたね。
第二話:地の声
こちらは最初にも述べた監察課に関してのお話しでしたね。監察課という課自体があまりなじみのない言葉だったので仕事内容を見てそのような部署があるのかという新しい発見ができました。確かにこのような部署がなければ警察はさらに不正まみれの集団になりますもんね。原則的には古株の刑事から昇進していく中で17年昇進できずにいて、最後のチャンスで魔が差してしまった曽根警部には同情を禁じ得ない話でしたね。指揮能力は低いが善良で仕事熱心な人柄というのがさらに同情を呼ぶ人物描写ですよね。
やはり私は一般企業での場合と比較してしまうのですが、一般企業の中でもまったく同じことが往々にしてあるのでとても共感しやすい話でした。基本的には大問題がなければ年功序列で昇進していき、その中に能力が高くそれにより同期たちより頭一つも二つも抜きんでる人がいるという印象です。しかしその中で逆に運がなくその昇進の流れに乗れず昇進できない人というのも少なからずいますよね。普通の話では注目されないような、そういう置いてきぼりを受けている登場人物に着目した話というのは新鮮でしたね。
本文中に、「抜き去った人間を振り返ったことなどなかった。いつだって前を見ていた。前を走る強き集団の背中を。」という一文があります。
この話は周りにどんどん追い抜かれ、振り返ってもらうこともできなかった善良な人間の乾坤一擲の策が失敗したという点で、とても現実的で切ない話だったように思います。
またこの話では主人公である新堂が、二渡にかまをかけられ曽根の一件で監察課から出ることができなかったという話で締めくくられているのですが、第一話の陰の季節では真摯で一生懸命なイメージのあった二渡とは一転策士なイメージの二渡がいて、どちらの人物像が正しいのか少し混乱してしまいましたね。
第三話:黒い線
主人公である七尾の後輩の平野巡査の失踪事件を中心に話が進んでいきます。
話の流れでは何度も男の影があり、本文にも「男と女の関係は時として周囲の想像を遥かに超えるトラブルを生む」という描写があり、そのようにリードしたいというのがわかりましたね。やはり結果としてはまったく違い、男女関係のもつれから仕事を投げ出したように見えた平野巡査でしたが結局は警察官としての誇りから自分のしたことに思い悩んだ結果の行動だったわけですね。この話では「婦警」の存在価値に関して考える場面が多くありましたね。やはり男性組織なのでよっぽど自分をしっかり持った女性でないと厳しいのだろうな、という印象です。女はこれだから使えないといわれたぐらいで自分の信念を曲げてまで似顔絵を偽造し、それによる良心の呵責から仕事を投げ出してしまうというのは結果として、「女だから」と言われてしまう行動のような気がしましたね。
あとは森島課長の指示と証拠隠滅の行動はかなりの問題行動なのでは?という疑問が大きく残りましたね。その後の処遇まで読みたかった気持ちになりましたね!
第四話:鞄
こちらは秘書課の話でしたね。議員と警察の持ちつ持たれつの関係に関してもここに注目した話をあまり読んだことがなかったので新鮮でしたね。不文律が存在するのですね。
この話の結末はかなり新鮮でした。話の流れの中で「実はそのような爆弾は存在しないのでは?」という点には気づくのですが、その行動にどんな意味があるのかなぜそのようなことをするのかは読み進めていてもわかりませんでした。
しかしこの話に関しては唐突に真相が出てきたのではなく、最初に坂庭は自分に恩があるという発言などさらりと読み流してしまったところにヒントが隠されていましたね。鵜飼いの本来は臆病な性格という描写もヒントになっていましたね。
管理部門に関する話でしたが通常と同じ警察小説のように読みながら真相を推理することもでき、結果も予想を裏切るものがほとんどだったという点で、普通の警察小説と同じレベルで楽しむことができました。D県警シリーズということで他のシリーズで未読の作品があるのでそちらも読んでみたくなりました。
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