ドタバタかわいらしい山登りエッセイ - ごちそう山の感想

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ごちそう山

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ドタバタかわいらしい山登りエッセイ

2.52.5
文章力
3.0
ストーリー
2.5
キャラクター
3.0
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2.0
演出
3.0

目次

初めて読む、谷村志穂のエッセイ

この作品はタイトルに惹かれて読んだ。以前読んだ谷村志穂の「尋ね人」がとても読み応えのある作品だったので、次は違う作品を読みたいと探していて、目に止まったのがこれだった。タイトルからしてエッセイだろうと察しはついたけど、まさか登山系だとは思わなかった。なにか山で採れた食材を使って料理するような、そんな内容だろうと思ったのだ(山でおいしいものを食べるという趣旨は当たっていたけれども)。
そして、意外にも挑戦する山は本格的だ。ハイキングといったレベルでなく、装備を必要とし、雪山にさえアタックする。そんなかなりのハードな登山にもかかわらず、のほほんとしたような雰囲気がいつも感じられるのは同行している飛田和緒によるものが大きいだろう。谷村志穂のエッセイを読んだのはこれが初めてだったので、彼女とどのように知り合ったのかは分からないけど、かなりの親友だと思う。そうでなければ、心置きなくケンカなどできない。
そんな彼女と谷村志穂がウッチー隊長こと内村氏とともに、多くの山をめぐった経験がこの作品には収められている。その山は全部で12。それぞれ違った風景が目の前に広がるような、すがすがしいエッセイ集だ。

初心者から始めているからこそできる感情移入

谷村自身は北海道生まれなので、本土出身の和緒さんたちに比べれば自然に親しんでいたのだろう、時にそんなプライドも見え隠れするような感じがある。だけど実は本格的な登山の経験は少しあるだけと、初めてに等しいところから始めている。一緒に登る和緒さんに至ってはまるっきりの初心者だ。そんな彼女たちが大騒ぎしながら装備を選び、かわいいからと言うだけでフライパンを買い、夏用と冬用の服を間違えたりしているところなど、本当に普通の女の子のようで、読んでいて微笑ましかった。
そして和緒さんは元バレリーナで、今は料理家。しかもこの本の素朴でじんわりくるイラストは彼女が書いたものだ。そんな面白い経歴を持ちながら、次は山登りまで挑戦しようとする和緒さんが少しうらやましかった。
そして初心者でも、そんな本格的な山登りができることを初めて知った。そのようなハードな山にアタックするには、日ごろのトレーニングが不可欠だろうと思っていたし、荷物だって極力減らすものだと思っていた。
でもなにもそこまでの覚悟がなくとも、彼女たちのように気楽に登ることもできるんだなと気づかせてくれた。

和緒さんの魅力あふれる料理の数々

山登りのもう1つの目的は、山で食べる和緒さんの料理だ。これが本当においしそうで、こんなのが山で作れるのかと思うくらいだった。
特に雪洞を作ってそこで一泊した時の料理が、一番食べてみたい料理だ。コンソメで味をつけた牛乳に、白菜とベーコン、ブロッコリーを入れたスープ鍋だ。最後の雑炊がうらやましかった。個人的にはチーズをのせてみてもおいしそうだなと感じた料理だ。
あとは槍ヶ岳で食べた冷麺。山登りを持参する和緒さんの根性もすごいが、梨やリンゴが入った冷麺の絵、それを描写する谷村の文章にその辛さや酸っぱさが伝わってきて、食べたい!となってしまった。
ハードな登山のはずなのに、決して軽くはない食材を持ってくるところは料理人魂だろうか。そして山の中のような不便なところで作ったとは思わせない味を出してくるのも、料理人魂なのかもしれない。
ただちょっと思うのは、完璧に食材を持参するのではなくて、やはり最初に私が思ったように、山で食材を調達して料理するほうがおもしろいのではないだろうか。手に入れやすい果物や山菜などだけでなく、魚はもちろん、イノシシやキジとかも手に入れて調理するほうがいいのではないかとは思った。
せっかく自然の奥深くに入っているのに、文明・文化を持ち込んでもったいような、そんな気がしたのは事実だ。

他の、登山がテーマの作品と比べて

個人的には山登りをテーマにした本なり映画なりはとても好きだ。山に立ち向かう人と山との間には、誰も立ち入れないような厳しさを感じさせるし、そこに向かうまでのストイックなまでの取り組みも興味深い。
私にとって一番の登山系の作品は、マンガ「神々の山嶺」だ。夢枕獏が原作で絵が「孤独のグルメ」の谷口ジローという贅沢なタッグで書かれたこのマンガは、すごいとしか言いようがなかった。無酸素でヒマラヤに挑戦するところなど、こちらの息まで苦しくなるような描写で、気に入った作品は繰り返し読むのが好きな私でも、苦しすぎて一回しか読めなかったくらいだ。
映画では、少し趣きは違うがやはり「八甲田山」だろうか。山を甘く見てしまった結果が招いた悲劇は、夏に観ようがいつ観ようが、ひどい寒さと冷えを感じる。
他にもそういう小説や映画は多く読んだけど、今心に浮かぶのはこの2つだということは、やはりこれらの作品は個人的には強烈だったのだろうと思う。
それに比べてこの作品での登山はとても平和だ。g単位で荷物を減らしたりはしないし、食事だってできるかぎりおいしいものを食べる。その平和さに、なんとなく癒やされるような、そんな気がした。

谷村志穂と飛田和緒の関係のおもしろさ

このエッセイの読みどころは、もちろん登山のエピソードや料理の内容もあるのだけど、谷村と和緒さんとの関係性の面白さもそのひとつだろう。谷村は和緒さんよりも少しだけ山登りの経験ある分、どこかしら彼女の優位に立とうともくろんでいるような節がある。でもそんな谷村を飄々とかわしている和緒さんがまた独特の雰囲気で面白い。かわされている谷村は年上なのにまるで相手にされない妹のようで、これまたかわいらしいところだ。
また和緒さんが毎回登山のたびにかぶってくる妙な帽子のチョイスも、これでもかとばかり谷村はイジっている。そのからかいようが、兄に対して弟がするような、まるで子供のようなイジり方に、ついついにやけてしまった。
本当は谷村の方が和緒さんよりも年上だ。にもかかわらず、いつも立ち位置は和緒さんの方がお姉さんでお兄さんだ。谷村の、上に立とうというプライドが見え隠れするたびに、実際のこの立ち位置を再確認するような出来事が起こるので、それもまた楽しい。
谷村自身もきっとこんな関係を楽しんでいるに違いない。そうでなければこんな文章はかけないと思う。

厳しさや寒さよりも、山の美しさを

この作品にはそれほど山での厳しさは書かれない。もちろん小さなハプニング(和緒さんが捻挫したり、谷村がヤケドしたり)はあるにはあるが、それよりも山の風景の美しさの描写に重きが置かれているように思う。
印象的な場面はやはり雪洞を掘って泊まった夜のことだろうか。雪の壁にうまく設置したロウソクやランタンのかもし出す暖かい光。そこで食べた白菜とベーコンの鍋。たっぷりと飲み、たっぷりと食べる幸せ。朝起きたら、溶けかけた雪の壁の穴から、朝日が差し込んでくる。それを受けて目覚めるすがすがしさ。そういったものがとても清潔で自然に感じられて、いいなあと思った場面だ。
またそんな雪洞の中でさえ、和緒さんは壁に枝などを刺して小物掛けを作ったりしている、そののんきさ。
そういったものが限りなく平和で暖かく感じられ、とてもうらやましかった。
もう1つは夏の槍ヶ岳だ。澄み渡った空にどこまでも緑の山。溢れる天然水。そんな風景を見るだけできっと体内の血までもきれいになるに違いないと思うほどのさわやかさだった。
ここでは道中谷村が高山病的なものにかかる。しかしそれは“想像妊娠”ならぬ、“想像高山病”だったことがまたのんきさに拍車をかけ、つい笑ってしまった。
和緒さんは料理の絵だけでなく、山々で出会った風景も描いている。この槍ヶ岳の峰のくねくねと曲がる道の緑がいかにも鮮やかで、これだけでも私も山に登りたいなと思わせてくれるものだった。
この作品は、山の怖さや危険さを説くよりも、準備の楽しさ、景色の素晴らしさ、食べる料理のおいしさ、ただそれだけを素直に書いている。だからこれを読んだら誰しも山登りの魅力を感じられるのではないだろうか。実際これを読んで、私もそんな緑を見てみたい、ちょっと山に登ってみたいと思ってしまった。

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