あれ?これはいつの作品だ?と感じる不思議の種明かしと、ブラックジョークがきいた作品 - 焦げた密室の感想

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焦げた密室

4.304.30
文章力
4.50
ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
4.00
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あれ?これはいつの作品だ?と感じる不思議の種明かしと、ブラックジョークがきいた作品

4.34.3
文章力
4.5
ストーリー
4.5
キャラクター
4.0
設定
4.5
演出
4.0

目次

時代背景がおかしい

西村京太郎氏自らのあとがきや玉前譲氏の作品解説を後回しにしてそのまま読み始めると、この作品は一体いつの話だという違和感がある。

話題としてはオウム真理教の事件などの記述もあるので、少なくとも1993年以降が舞台となっているはずである。文庫本自体も初版が2001年。

しかしそこはかとなく昭和臭、強いて言うと昭和30年代のようなにおいがする。この作品は江戸半太郎というミステリー作家(自称)が主に活躍するが、彼が住んでいるアパートが間借りというところまではともかく、風呂が薪で焚くもので、大家一家がたまにしか焚いてくれないため、普段は銭湯を使っているようだ。いくら何でも、かえって燃料代がかかりそうな薪を使って風呂焚きをしてるアパートなど、平成の世ではまずないだろう。

また、江戸半太郎の推理小説うんちくが繰り広げられるが、全体として「古典」と呼んでいい作品ばかりだ。

あとがきでその理由がはっきりするが、この作品は西村氏が本格デビューする前、昭和37年に書かれた作品のリメイク版だった、ということでなるほどとなる。

作品としては全く素人臭さがないミステリーだが、リメイクするなら薪の部分もせいぜいプロパンにすべきだったかもしれないが、この薪は犯人推理に関わっているものなので変えられなかったのだろう。

個人的には無理にリメイクせず、舞台が昭和30年代だとして発刊したほうがよかったのではと思う。しかし、この作品は十津川シリーズにはないブラックジョークや、何とも言えない間抜けさがそこはかとなく漂っていて、ミステリーなのに笑ってしまう要素があるので、かえってちぐはぐさがいい味を出しているかもしれない。

間抜けな登場人物に爆笑

もし西村氏がそういうつもりで書いたんじゃなく、至って真面目な姿勢で執筆されたのがら大変恐縮なのだが、この作品は「焦げた密室」という本格的推理作品のようなタイトルなのに、全体的に漫才のようなギャグ要素があり、思わず噴き出して笑ってしまうシーンが多い。

出てくる登場人物が、何かしらセリフなりモノローグで叩かれており、はっきり言って間抜けな登場人物ばかりで構成されているのだ。

主役級の江戸半太郎は不潔な上にどうも小説の才能が中途半端らしい。名前も本名なのに編集者におかしなペンネームはよせと言われる。挙句天涯孤独であることを、警察に「木の股から生まれたみたいな奴」と揶揄される。

同じアパートのホステスであるユミも、顔が扁平と表現されているし、警察署長と野呂巡査は、肥満と痩せという体格のため、二人がひそひそ話している様子を「喬木に豆狸がよりかかっている」と江戸半太郎が笑いをこらえるシーンがある。

江戸のアパートの大家の息子、一郎は貰った高級時計のアラームを一時間おきに鳴らしているというだけで「一時間おきに自分の馬鹿を証明しているようなもの」と江戸がこき下ろすシーンはこの作品で一番爆笑してしまった。

その他の人物もどこかしら間抜け具合が描かれていて、若き西村氏にこういう人をおちょくった眼で観察するような一面があったのかと意外性を感じる。微妙な毒舌による人物批評がユニークで、「永沢君」のようなテイストでさくらももこさんが作画して漫画化したら面白そうな作品になりそうだ。

多くのミステリーが登場

この話はあくまで自称ミステリー作家の江戸が連続殺人を推理していく話だが、もちろん最終的には自分の持論を展開するものの、ヒントを得るために今まで読んだミステリーとそのトリックの評価が数多く出てくる。それらを読んだことがある人はなるほどと思って読み進めることができるし、読んだことがない人でも列挙された作品に興味を覚えるという形で楽しめる書かれ方がされている。

やや古い海外の推理ものが数多く出てくるが、江戸半太郎の作品知識とその評価は、イコール西村氏の経験値と評価とも言えるかもしれない。

どことなく、他作品の批評から、この作品は作家を超えた密室ものだと訴えているような描写もある。ミステリー作家というものはライバル作家や先人の作品を読んで、自分ならそれを超えられるという気持ちが、創作意欲やより巧妙なトリックの作品を生み出す原動力になっているのだろうと感じる。故内田康夫氏もそうであったように。

もっとも西村氏や内田氏のような才がある人は稀有で、大抵が江戸半太郎のようにうまくいかないものなのかもしれないが。

最後の最後までそそっかしい

登場人物に間が抜けた人が多いというのは前述の通りだが、最終的には犯人やずるがしこい事を考えた者たちも間抜けでしたという結末で、何人か殺害されたような事件・複雑なトリックを扱った作品なのにどこかコミカルな終わり方をしている。どうも悲壮感がないのは、ひとえに登場人物にどこか抜けている部分が多いためだろう。

こういう作風は西村氏の作品としては珍しいので、独特の文体こそ西村氏のものであるが、ちょっと別の作家の作品のような意外性を感じる。

また、江戸半太郎は今でいうところのミステリー好きの「中二病」という人物像なので、古い小説でありながら平成も終わろうとしている今であっても、十分ウケる人物なのではないだろうか。

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