ここではないどこかへ旅立つ8つの物語 - あなたと、どこかへ。の感想

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あなたと、どこかへ。

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感想数
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読んだ人
1

ここではないどこかへ旅立つ8つの物語

2.52.5
文章力
2.5
ストーリー
3.0
キャラクター
2.5
設定
3.0
演出
2.5

目次

ここではないどこかへ

タイトル「あなたと、どこかへ」という言葉通り、この本はどこかへ誰かと旅立つということをテーマにして書かれている。書くのは8人の作家たち。実際に旅に出るのもあれば、新しい人生ステージへ旅立つといった解釈の違いが楽しめる本となっている。
もともとこの本は吉田修一の名前で探して読んだので、色々な作者の作品も掲載されている、いわゆるアンソロジーであるということは知らなかった。でもよく出来たアンソロジーなら、読んだことのない作家との出会いもあったりして嬉しいもの。アンソロジーかというがっかり感(吉田修一の短編集だと思い込んでいたので)が、どんな作家が乗っているんだろうと言うワクワク感にとって変わるのにそう時間はかからなかった。
またこのタイトルがいい。サブタイトルのようなものは「ここではないどこかへ。」だ。その言葉だけでどこか違うところに行きたくなってしまった。
「ここではないどこかへ」で思い出すのはナタリー・ポートマン主演の「ここよりどこかへ」だ。あの映画の根底にある魂の自由さをこの言葉を聞くたびに思い出す。
なのでこの本を選んだ理由のひとつはタイトルの素晴らしさにもある。どのように物語が始まるのか、読む前からワクワクしてしまった。

すれちがう車内で彼が見たもの

この本の一番最初に収められているのは吉田修一の作品だ。吉田修一らしいディテールにこだわった風景描写に、まるで映画を見ているような印象を受ける。気を使いすぎの夫とマイペースの妻。5分前行動が身についている夫と、時間にはどこまでも大らかな妻。この2人の会話がテンポが良くて、ページを捲る手が止められなかった。ラストオーダー寸前の時間に呼んだウェイトレスの前で、どうでもいい話で思わず盛り上がってしまったところなど笑ってしまう。周りに気づかずついつい自分たちの世界に入ってしまうことは、誰でもあると思う。この作品にはそういった日常のなんでもないところが見事に切り取られていて、その切り取った部分が緻密に描写されている。その緻密な描写のおかげでリアリティが増す上、文章が難なく頭に映像化できる快感もあり、吉田修一の短編の中でも上位に入る作品だと思った
信号待ちをしていた時、隣に止まった車に妻が目をやる。「あの2人、どんな話をしているのかしら」と聞く。こんな想像も誰もがしたことがあるだろう。しかし夫が見やったその車には若かりし頃の自分たちの姿が見えた。そしてその若い自分たちは今の自分と同じことを話している。「隣の夫婦、どんなことを話してるんだろうね」。それらの描写は恐らく、夫が感じた鮮やかなデジャブではないだろうか。若い頃実際にそのような話をしたのだろう。それを思い出し、そしてその時に妻が言った「子供が出来たことを伝えたんじゃないかな」という言葉を思い出したのではないだろうか。今の妻が何かを言おうとしたこととそのデジャブが合致してうまく出来たストーリーだと思った。
若い妻がその時に言った「だって奥さん本当に幸せそうだった」という言葉。その言葉通り、今の助手席の窓に映る妻は幸せそうだったに違いない。
この短編はこれだけで一本映画ができるだろうと思える、読み応えのある作品だった。

ブレーカーが落ちてしまった姉を救い出した弟

順調にいっていたはずの生活が、些細なことで崩れ落ち全てを失ってしまった女性がこの物語の主人公だ。恋人には捨てられ、そこからケチがついたかのように仕事は失敗し職を失い、気づいたらかつて自分が一番嫌っていた女になりさがっていた。化粧もせず、パジャマのままで部屋も片付けずに引きこもっている女だ。ビール缶に囲まれ、カーテンは閉めっぱなし。そんな状態だけどなぜか不健康感はあまり感じない。それは私がこの主人公に感情移入してしまったからかもしれないが、妙にそんな空間に安心してしまう気持ちがわかるからだ。もちろん自分では不潔だし暗いしと言うことはわかっているのだけど、それ以上動きようがないという経験があったからこそ、この主人公に過剰に感情移入してしまったのかもしれない。
しかしこの本のテーマは「あなたと、どこかに」だ。連れ出してくれる人がいるのだろうということは分かっていたけれど、彼女の場合それは恋人でも友人でもなく弟だった。家族の愛というものは最後に残される愛だと思う。そして他の愛がなくなって初めて大切に思う身勝手な愛でもある。全てを失くして無防備な状態でこそ感じた家族愛だからこそ、主人公もその愛が身に染みたのだろう。
それにしてもこの弟、いい奴すぎる。私自身弟はいるが、それほど仲が良い姉弟でない分、心配して飛んでくる弟を持つ主人公がうらやましくなってしまった。
この短編を書いたのは角田光代である。さすがの小説家だけあって、人間ドラマを感じさせてしっかりと読せる仕上がりとなっていた。

妻と出会った頃の記憶を鮮やかにするために

この短編は本当に一つの映画のようだった。結婚して20年。当時の熱烈な恋愛感情はなりを潜めて、静かな愛に移行すればよし。そうでなければ悲劇的な日常か悲劇的な結末が待っている。20年はそれほどに長い。この2人は破局こそは迎えていないけれど、それぞれに互いを避けて通っているような危うさがある。妻は仕事を成功させその舞台をヨーロッパに移した。主人公である夫はそれについていけない。もちろん現実問題仕事も生活もあるけれど、そこに感じるのはお互いが一人になるように事態を持っていっているような静かな感情だ。離婚を申しだすほど激烈ではないにしても、その感情は2人の中に確かにある。一人になれることを喜んでいるようなそんな感じ。どうにでもなる問題を必要以上に問題視して、一緒に進むことを避けようとしているような、そんな危うさを物語の前半に感じた。
妻のいない間、主人公である夫は一人旅に出る。この危うさを内心認めているのか、今まで積み重ねてきたことはいいことばかりだと思っていても、それを再確認するための旅だ。行く先は初めて妻と出会った場所。そこに今行って自分がどう感じるのか見てみたいと思ったのだろう、その気持ちはなんとなくわかる。同じ季節に同じ場所、そこに年を取った自分が行ったらどう感じるのか。ましてや妻と出会った場所だ。ある意味怖いような気もしたと思う。でもそこで彼が感じたものは間違いなくこの先に光が見えるものだった。
主人公が思い出す思い出の中で、初めて妻と出会いその後再会した時に、お互いがその時初めて出会ったときの靴を履いていることに気づく場面は本当に映像的で、素晴らしいものだった。
その頃になると物語の初めに感じていた危うさはなくなり、離れていても通じ合えるような深みのある夫婦に2人がなっていくような、直接的でなく間接的なハッピーエンドだった。
この物語を書いたのは片岡義男。また違う作品を読んでみたいと思えた作家だった。

この本で出会えた何人かの作家たち

今回はアンソロジーと知らずに読んだ本だけど、おかげで何人かの興味の持てる作家に出会えた。角田光代は読んだことのある作家だったけれど、片岡義男という作家は名前こそ知っていても作品を読んだことがなかった。
読んだことのない新しい作家に出会えるという意味では、アンソロジーほど有効な手段はないと思う。今回読んだ作品には8人の作家が集結していたけれど、その中で次の違う作品を読んでみたいと思うのは3人いた。角田光代、片岡義男、もう一人気になるのは谷村志穂だ。アンソロジーで出会って次の作品を読んでみた結果がっかりした作家も少なくないけれど、とにかく、新しい出会いというのは嬉しいものである。
逆に、自分の好きな作家の凄さを他の作家の作品を読んで思い知ることもできる。
今回出会った3人の作家の他の作品を読んで、自分の好きな作家がこれから一人でも増えたらいいのにと思う。

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