いつまでも心の奥底にそっとしまっておきたい宝石のような、市川崑監督の日本映画の珠玉の名作 「細雪」
春-----恒例の花見をする船場の旧家・蒔岡家の四姉妹たち。三女・雪子(吉永小百合)と四女・妙子(古手川祐子)は、妙子の駆け落ち事件で長女・鶴子(岸恵子)の夫・辰雄(伊丹十三)と衝突したのが原因で本家を嫌って、次女・幸子(佐久間良子)の分家に身を寄せていた。だが、妙子は仕事や下層階級の若者との恋愛に夢中で、雪子は見合いを次々に破談にし、幸子を悩ませるのだった。
例えば、面白い映画というのは、外国映画、日本映画を問わず、数限りなくある訳ですが、いつまでも心の奥底にそっとしまっておきたいような作品は、そうある物ではありません。
名匠・市川崑監督の後期の「おはん」と並ぶ代表的な作品だと言える「細雪」は、そんな宝石のような名画だと思います。文豪・谷崎潤一郎原作による、大阪・芦屋の旧家の四姉妹と、その周辺の人間模様を魅力的に繊細に、そして華麗に描き切ったこの作品は、浪花言葉の美しさや日本家屋の素晴らしさを余すところなく見せてくれるのです。実際、これ以上に美しく日本家屋を撮った、クオリティの高い日本映画を他に知りません。それに加えて、うっとりするくらいの着物の美しさ-------。
だが、この映画の最大の見物は、時代に取り残されたような長女、次女、三女の生き方なのです。四女の妙子は、旧家のしきたりや慣習を重んじる事に耐えられず反発するという、よくある性格付けですが、時々、感情を忘れてしまうような表情を見せる長女の鶴子と、嫉妬心にかられて果物を握り潰してしまう次女の幸子が絡むと、妙にエロティックな匂いが漂ってくるから不思議です。
「鍵」「ぼんち」などで女人の世界を描いてきた市川崑監督ならではの、見事な演出テクニックだと思います。演出テクニックと言えば、会話シーンでの早口にたたみかけるモンタージュや、アクション・ショットの絶妙なインサートは相変わらずうまく、この作品では伊丹十三が加わる事によって、そのボルテージが上がり、伊丹十三が熱演すればするほど、一層皆にコケにされてしまうところなどは、抱腹絶倒してしまいます。
そして、この映画で重要なキャラクターを担っているのが、三女の雪子なのです。「キューポラのある街」以来、そのキャラクターを脱却できずにいた吉永小百合は、何を考えているのかわからないようでいて、本当は芯の強い雪子を演じて、女優としてひと回り成長したのではないかと思います。
それほど、この掴みどころのない雪子は、ミステリアスな魅力を発散させていて、身内の心配をよそに、次々と見合いをし、その都度、縁談を断っていくのですが、実は一番したたかで許されるギリギリまで婚期を延ばし、イイ男を掴むチャンスを待ち続けているのです。やがて、その思惑通り、華族の大金持ち(江本孟紀)と婚約してしまうから、本当にしたたかで凄いのです。
冬-----雪子に思慕を寄せる次女・幸子の養子・貞之助(石坂浩二)が、嫁ぐ雪子を思ってホロリ涙する場面で、この映画は終わるのですが、そこに川面に漂う細雪に四姉妹が、かつて集まった春の花見のシーンが重なってくるのです。
降りそそぐ桜の花の中を歩く四姉妹のたたずまい-----それはあたかも、"美しい日本映画"の終焉を告げているようで、身を切る切なさがしみじみと湧き上がってくるのです。
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