天才とコンピューター、そして時々恋愛模様
森博詞の衝撃デビュー作
森博詞のデビュー作であり、第1回メフィスト賞大賞受賞作である。しかし、実際には4番目に書かれた作品であり、著書によれば、インパクトのある作品を書いてくれ、と言われて書いた、ということである。
たしかに、密室に閉じ込められていた天才少女が手足の切られた死体となって、VRカートに搬送されながら部屋から出てくるシーンは圧巻である。その光景が目に浮かぶような、スピード感と緊張感は著書の文章力によるものほかならない。
なぜ3作目にしてこの文章力なのか、それは著者の仕事歴にある。彼は大学の助教授として日々研究と学生の指導にあたっていた。研究すれば論文を書く。学生が論文を書けば添削する。分かりやすく、人に伝えるための文章作成能力はこうしてできあがったのである。
また、著者は筆が早いことでも有名である。1か月に1作品が刊行されていた時代もあるほどだ。現在では引退宣言をしており、刊行ペースは落ちているが、それでも年間5冊以上は刊行されている。
文章能力自体はデビュー当時からほとんど変わっていないか、むしろ最近は読みにくくなったように感じるほどだ。それほどまで、森博嗣は完成された状態でデビューしたのである。
若い時に書かれただけあって、勢いとエネルギーに溢れた作品であり、現在の森博嗣作品と比べると非常に緻密な計算のもとに書かれている。
鍵をにぎる天才
さて、ストーリーや設定はミステリーとしてはいたって王道であり、特にオリジナリティは感じられない。孤島に閉じ込められた男女が、死体に遭遇。誰かが殺人犯であることは間違いがない。そしてまた一人、また一人、と殺人がおこる。
他のミステリーと一線を画すのは、登場人物が皆理系であるということだ。殺人がおこっても、恐怖に震えるわけでもなく、プログラミングの日々の仕事に没頭している。舞台となる研究施設は窓もなく、人との接触もほとんどなく、みな一人で仕事をしているが、それを「理想の環境」と言い切っている。
まずこのあたりでもう読めない、という人も多くいると思う。はっきり言って理解ができないと思われるかもしれない。しかし、理系の人間を一人でも知っていれば納得できるだろう。特に、この施設にいるのは飛びぬけて理系としての能力が高い集団である。そう思っておけばなんとか読み進められる。
さらに難しいのがコンピューター用語の羅列である。しかも古い。今では使わないような言葉も多数出てくる。もうこうなるとお手上げ、という人も多い。知らないことは知らないなりに、ふーんと思って読んでみようという多少の妥協が必要になることは間違いない。だいたい、今時の20代はパソコンに触ったこともない、という人までいるのだ。その世代に受け入れられないことは確実である。
また、この作品が他のミステリーと最も違うことは、真賀田四季という天才の存在である。彼女がすべての鍵をにぎってしまっているのだ。この作品は、彼女を世の中に出すための作品だったといっても過言ではない。他の登場人物はいくらでも取り換えが利くが、彼女はそれができないのである。
真賀田四季がいなければこの話は成立しない。しかし、一人の天才にすべてを左右されていしまうミステリーなんて、卑怯であるといえば卑怯なのだ。彼女の存在を認められるかどうかが、この作品の評価につながるであろう。
ミステリーと恋愛のほどよい調和
もちろんこれはミステリー作品である。しかし、恋愛作品としても非常に興味深い。
主人公は名古屋のお嬢様、西之園萌絵。警視総監を叔父に持ち、捜査にあれこれと口を出している。非常に我が儘で重い荷物を先輩男子に持たせても何食わぬ顔である。常識もないし空気も読めない。しかし、どこか憎めない不思議な人物である。それは彼女が飛行機事故で目の前で両親を亡くしているという生い立ちを持っているという点もあるが、非現実的なところが大きな要因であるように思う。
お金持ち、美人、秀才、家はマンションの最上階2階分で非常に優秀な執事がいる、と言われてもほとんどの人はどんな人物なのか想像もつかないであろう。自分の嫌いな誰かに似ているとか、芸能人でいえばこんな感じとか、まったく思い浮かばないのである。思い浮かばないから、お金持ちで美人で秀才ってどうよ、とは思うけれども嫌いというほどでもない。現実感のない設定が見事である。
それとは対照に、非常に現実感のある男が犀川である。彼は萌絵の通う大学で助教授をしている。服装は地味、髪はぼさぼさ、いつから使っているのかわからない古い鞄を持ち歩いている。いたって普通の大学の助教授の姿だ。一度でも大学に通ったことのある人であれば納得すること間違いなしである。
さらにいえば性格も普通だ。萌絵に振り回されているところは、若い女の子に振り回されるオジサン、にしか見えないのである。彼がいることで、急に萌絵に現実感が沸くのである。ああ、こんなオジサンの周りにこういう女の子、いるのかもしれないなぁ、という具合である。
そして萌絵は犀川に憧れている。犀川はそれを思い込みだ、と言い張っている。要所要所で萌絵の際どい発言が入り、犀川がそれを巧みに躱している。犀川が女の子慣れしていない、というのもあるが、若い女の子に対するオジサンのいたって普通な反応だろう。いわゆる若気のいたり、というやつだ。この先、物語が進むにつれて犀川の反応がどう変わっていくのか、という点もこの小説のおもしろいところであり、恋愛ものとしても十分に楽しめる。
かといって過剰に刺激的な描写もなく、世代や性別問わず読みやすく、ミステリー9割、恋愛模様1割という非常にバランスのよい配分になっている。
コンピューター社会への警鐘
最後に、この話の本当のミステリーについて触れたい。この作品は1996年に刊行されている。
当時、日本ではWindowsが発売され、本格的にパソコン時代へと入っていった。ネットワークも広がり、インターネットが身近になりつつある時代である。
この作品では、真賀田四季が作成したOSを施設が使用しているため、そこに最初からウイルスが故意に混入されているということが推理の根幹である。
では、現実ではどうなのか?おそらくそれがこの著者が問いたかったことではないだろうか。便利になったといって大衆が飛びついたパソコン、インターネットは本当に安全なのか?現実世界のミステリーとして我々に問いかけているのだ。
そして20年たった今。我々はその答えに直面している。
2013年にアメリカからロシアに亡命したs氏はアメリカの諜報機関が極秘のプログラムを使って世界中の一般市民を監視していることを暴露したのである。
事実かどうかはさておいて、コンピューターの安全は絶対ではないということを、作者は20年も前から問うていたのだ。
本当に世界中のパソコンの中にトロイの木馬はいないのか、そう考えるとひやっとする、現実のミステリーである。
シリーズは10作だが
萌絵と犀川が事件を解くS&Mシリーズとして10作品がすでに刊行されており、完結している。作者はどこから読んでも問題ないと言っているが、やはりこの作品から順番通りに読むことで、萌絵と犀川の恋愛模様も楽しめる。
そのほか、犀川の母親を描くVシリーズ、真賀田四季を描いた四季シリーズ、現在も刊行中のWシリーズやGシリーズも合わせると50作品以上の大シリーズとなる。
しかし、すべの根幹がここにあるのである。
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