月は必ず欠ける。松坂熊吾という月、ツキ、運もまた、永遠ではない。 - 満月の道の感想

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満月の道

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月は必ず欠ける。松坂熊吾という月、ツキ、運もまた、永遠ではない。

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目次

満月の道というタイトルが藤原道長を彷彿とさせる

平安時代、娘を天皇の后にして絶大な権力を誇った藤原道長の和歌に、「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることもなしと思へば」という句がある。

この世は、満月が欠けている部分がないように、自分のためにあるようなものという、当時の自分の権力の絶対性を示すような句だ。しかし、月というのは常に満月なのではない。三日月だったり半月だったり、欠ける時もある。

「満月の道」の書籍の帯にも、松坂熊吾はついに復活すると記されており、熊吾が年老いてまた商売熱を復活させ、ついに成功して安泰を手に入れるようにも感じられる印象があるが、実際内容を読むと、やはり月は必ず欠ける、という事が付きまとうのだという事を痛感する。

人はいつかは死ぬので、どこかで自分の運命がどんどん先細って行くのを感じる時が来るのかもしれない。この巻の後半あたりからは、そういう逃れられない人間の漠然とした老いへの不安、抗えない「何か」それは運命かもしれないし宿命といえるものかもしれないが、そういった大きな力のようなものに飲まれてしまう恐ろしさのようなものを感じる。もっとも、熊吾の場合、自分からそれを招いてしまった部分もあるのだが・・・。

酒も女もなぜ断てぬ、熊吾の甘さが命取りに

仕事仲間の関京三が、熊吾と同じ病の糖尿病で足を切断することになり、そういった仲間の状況を目の当たりにしてもビールを止めようとせず、偶然出会ったダンサーの博美とは、自分の近くにいては困ると認識していながら、彼女のことで金銭的に世話を焼く。顔の火傷の責任を果たすのが大義名分なのかもしれないが、実際には彼女の性的魅力に骨抜きにされているだけという感じもする。

房江には前々から熊吾の経営者としての甘さは指摘されていたが、ここでもその甘さが命取りになり、絶大な信用を置いて経理を任せきりにしていた玉木の横領が発覚する。しかし、ここで読者が感じるのは、またかという既視感である。熊吾自信が何より「またか」と思っているかもしれない。商売が軌道に乗ると人に任せっきりにしてしまう。この悪い癖は前々から房江が気にしていたことだ。そうかと言って、妻が指摘したところで逆切れされるのが関の山なら注意する気も起きない。熊吾は人に説教はしても、考えてみたら説教をしてくれる人はあまりいないように思う。しいて言うなら小谷医師くらいか。熊吾は反省しないから面白いと言えばそういう捉え方もできるだが、女性読者は呆れ、男性読者はうらやましいやら共感できるやら、複雑な心境だろう。

熊吾自身、欠点への自覚はあるようだが、次巻の「長流の畔」で大変なことになってもまだ懲りないところを見ると、彼は痛みをすぐに忘れてしまう上に自分の欲望に甘いところが人間らしいと言えるのかもしれない。しかし、彼一人の問題ならいいが、巻き込まれる家族や会社の従業員はたまったものではない。若いうちはどうにか乗り切ることができたものの、やや熊吾のトラブル回避能力が落ちだすあたり、ツキが無くなってくる漠然とした不安のようなものを感じる。

一方でツキを掴む人間も

熊吾は自分のことについてはアンラッキーまっしぐらであるが、ひょんな偶然により知り合ったコーティングチョコレート工場の木俣には、人生のチャンスを与える。お金を貸して商売を手広くするきっかけを与えるのだが、本来一見の出会いで終わってしまいそうだった木俣の人生に深くかかわっていき、木俣も熊吾を大将と慕うようになる様は、悪癖があってもやはり松坂熊吾の父性溢れる魅力が人を引き付けるのだろう。熊吾は、運が少々転落しても、人脈の広さだけは、良い縁か悪い縁かは別として、平均的な人間のそれよりはるかにあると感じる。

城崎の麻衣子も、房江によって料理のアドバイスを受けて一人で生きていく覚悟をする。房江は一見、頑張り屋だが腺病質だったり、神経質だったりという印象があるが、人を支える力に長けている点では夫婦似た者同士で熊吾と同じタイプの人間なのかもしれない。

著者のあとがきに、満月を見つめているのは熊吾ではなく房江だとしている。夫の転落により自分の身に降りかかる大きな波乱を、確かに自分で体感しつつ客観的に見ているのは、妻の房江かもしれない。熊吾自身は、満月の様な状態が欠け始めたことに、この巻ではまだ気づいていないようにも思う。

自分の甘えを失することが出来ない人間に因果応報が

熊吾や不倫相手の博美を見ていると、悪い悪いと思いつつ結局だらだらと欲望に負けてしまった人間が、自分から不幸を呼び込んでしまっているように思う。こういう描写は、不倫をしたことがない人でも別のことに置き換えてみて、自分の甘さを捨てきれない人には耳が痛くなるような描写だろう。小説というものは、他人の生きざまを疑似体験することで我が身を省みることができる。そういう意味では、この巻から次巻にかけては、非常に良い人生の教科書だと感じる。

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