強かな女性の強かな物語 - 噂の女の感想

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噂の女

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
3.50
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強かな女性の強かな物語

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.5

目次

「噂の女」とは

読み始める前はタイトルとおり、それぞれの話の舞台で噂になっている女を書き出した話だろうと思っていた。ちょうど「マドンナ」を読んだところだったのもあり、そのような展開だろうと思っていたのだ。しかし今回の作品は、“噂の女”は一人で、彼女の周りの人たちを主人公に描いた話だった。それに気づくのは短編も2話目になったころで、そうなんだ!と気づいたときはとてもワクワクして、これからこの女性はどうなるのかととても先が気になるストーリーだった。
“噂の女”である糸井美幸は、この本の中でもどんどん垢抜けて美しくなっていく。そしてそもそも絶世の美女でないところがよい。化粧と色気で化けるほうがなんともリアルだからだ。
高校時代は地味で目立たなかった彼女が、短大で見事にその能力を目覚めさせ、変化していくさまは見ていて心地よい。知的さを感じさせる美幸とは対照的に、あっさりと色仕掛けに負けてしまう男たちがあまりにも単純で、ごつい男であろうけれどどこか可愛らしささえ感じてしまった。

中古車販売店から麻雀店へ

最初に美幸が登場したのは、中古車販売店の事務としてだ。そこにクレーマーとして店に来ていた雄一は美幸の視線に気づく。その時はわからなかったけれど、後で高校の同級生だったことを思い出す。この展開はいかにも普通で、美幸自体も物語の後半ほどの美しさを感じさせない。事務という職業柄メイクも選ばなければいけないだろうけれど、それでもまだ地味さを感じさせた。にもかかわらず、もう愛人業も兼業しているというのだから(嘘か本当かはわからないけれど。噂だから)、大したものだ。
舞台は変わって、美幸が次に働くのは麻雀店のアルバイトだ。このような若い娘が選ぶバイトとは思えないが、もしかしたらフィッシィングにはもってこいの職場だったのかもしれない。
彼女目当てに通うお客が増える中、彼女がロックオンしたのは土建会社の社長だった。その標的が定まったときの美幸の行動の描写がとてもリアルで、美幸の本性を見た思いだった。
ただ男性ではないからわからないのだけど、あのように露骨に媚態をみせられて、それをそのまま自分の魅力のせいだと思うものなのだろうか。彼女が何を狙っているのか本当にわからないのだろうか。それも込みで自分の魅力と捉えるのだろうか。
皆があまりにもあっさりと落ちるので、ふとそう思ってしまった。

年の離れた男性との結婚

資産家ではあるけれど親子ほども年の離れた男性と結婚を決めた美幸だったけれど、当然夫側の親族からは猛烈な反対を受ける。資産家であるが故に、遺産狙いだと思われても仕方のない年齢だからだ。親族代表として美幸の元を訪れた大輔は、気乗りしないまま美幸と出会う。しかしそこにいたのは結婚を心待ちにしながら料理の腕を磨こうとする、ただの可愛らしい女性だった。肩透かしさせられた大輔だったけれど、それ以上に美幸に心を奪われているのがわかる。それまで大輔の妻の行動があまりにもヒステリックで魅力のかけらも感じさせないものだったから、余計になのかもしれない。出されたクッキーが手作りだということに大いに感動してしまっているところなど、少し不憫にも思えた。
このように資産家の父親にたかろうとする子どもたちの構図はジョン・グリシャムの「テスタメント」を思い出すけれど、あれほど子どもたちは無能ではない。がしかしだからこそその強欲さは引けをとらないと思う。そもそも妻のいない父親が誰と結婚しようと本来何もいうことないと思うけれど、遺産が絡んでくるとそうも言ってられないのだろう。そもそもその父親もそのような遺産争いに嫌気をさして、そのような行動に走ったのかもしれない。
その父親に招かれて美幸の手料理をマンションで振舞われた後、大輔に起こった出来事は夢のようなあいまいさだったけれど、結果はしっかり残ってしまっている。美幸の子どもの父親は一体誰なのだろうか。
しかし美幸の行動は恐らく計算されつくされたものだ。遺産のためには子どもは必須だったのだろう。にしてもこの女性、すごすぎるの一言だ。

クラブのママへ華麗なる転身

幸せな新婚生活もつかのま、その男性は謎の死を遂げる。高額な保険金を手に美幸は新たな世界を開拓する。野心というものをもともと持っていたのだとは思うけれど、この辺りになってくるともはやそれを隠そうともしていない。そして成功するオーラというものも身に纏っているようにも思う。それが自信となって身から溢れ出ているような印象の美幸だった。
高級クラブをオープンさせ、ゆくゆくはレストラン業と不動産業に携わりたいと語る美幸はクラブのママというよりはほとんど実業家のような感じだった。
美幸の色気に集まってくる客はどんどん増え、またどこかの愛人にまで収まっている様子に、自分の目標のために自分の感情を一切切り離すことが出来る人が世の中には確実にいることを知った。実際ここまで極端でなくとも、ブランドのカバンや高価なアクセサリーなどのために好きでもない相手に愛想を振れる人はいる。それを非難するわけではないけれど、ただ単純によくできるなあと感心してしまうのだ。
しかし美幸の場合は、そういった女性特有の底意地の悪さは感じられない。知らない人がそれこそ“噂”にしている間はさも悪女のように語られるであろうエピソードには十分だけど、それでも直接出会ったら好きになってしまうのではないだろうか。
美幸はそういう風に感じさせる女性だった。

美幸が殺したのかどうか

美幸の最後の夫の娘からの依頼でしかたなく美幸の周囲を洗い出した刑事だったけれど、思わぬ事件が芋づる式に出てきて俄かに活気付く。しかし想像できるのは、この刑事美幸の顔を直接見ておかねばと彼女のクラブに行ったのだけれど、この刑事もまた美幸の魅力に絡めとられるのではないだろうか。はっきりとした描写はなかったけれど、そういう気がする。そして美幸はそのようにして“円満な解決”を今までも図ってきたのかもしれない。そんな気がした。
にしても、いよいよ捜査の手が伸びてくるかもといったときに姿をくらましたやり方は気持ちのよいものだった。そして愛人のネットバンキングに入り込み全額手に入る様もスマートで、まるで「ミッション・インポシブル」のような爽快さがあった。印象としては美幸はおっとりしていて機械が弱いような感じがしていたのだけど、それもそう思わせておいた方が得だからという計算の元だったのだろう。それにしても本当にすごすぎる女性だった。
どこに逃げたのかわからないまま物語は終わるけれど、逃げた先でも彼女はまた順風満帆な立場を手に入れるのだろう。もしかしたら富豪の外国人を手に入れるのかもしれない。彼女のその後をそのまま想像してしまうようないいラストだった。

奥田英朗らしいストーリー

この「噂の女」は、奥田英朗らしいコミカルさとほんの少しのシニカルさ、そして揺るぎないリアリティの元で紡がれている。また女性が意見し革命的なことを起こすのがあまり好きではないのか、その描写に少し敵意を感じてしまうのも相変わらずだ(「最悪」でもそう思った)。しかし美幸の場合のその行動は、のほほんとしている彼女の本当の姿を垣間見せる、良いスパイスになっていると思う。こういう面があるからこそ、女性は一面だけ見て判断できないのだといっているようで、これまたリアルな場面だ。
奥田英朗は短編ばかり読んでしまっていたけれど、久しぶりに長編を(これは中編くらいか)を読むとこれはこれで全く悪くない。次はもっと長編に手を出してみようかなと思えた作品だった。

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