同性愛というより、性別を超えた個人への愛情物語
同性愛漫画と思いきや
HENシリーズと言えば、鈴木君と佐藤君の男性同士の恋愛を描いたものと、吉田さんと山田さんの女性同士の恋愛を描いたものがある。
双方は、ショートバージョンの作品と、ロングバージョンの作品があり、エピソードなどは異なるものの、それぞれキャラ設定等にブレはなく、内容の本筋としては同じようなものになっている。
このシリーズの特徴は、一見同性愛、ホモとかレズを扱った作品と思いきや、そうではない点だ。
男子バージョンの鈴木君は恋愛対象が男性だという性傾向の人ではなく、男子である佐藤君を女性として見ていて、女性のように愛している。女子バージョンの吉田さんも同様で、女性が恋愛対象なのではなく、山田さんだけが特別にいとおしいという、ちょっと変わった恋愛観を持っている。
鈴木君も吉田さんも異性には困らないタイプなので、異性と遊びで付き合うことは平気でできるが、バイセクシャルというわけではなく、佐藤君のみ、山田さんのみが特別という愛情なのだ。
そのせいか、このシリーズはBLやレズ物の作品としてはカテゴリーに入らないと思われる。同性愛ものとして期待して読むには、非常にあっさりしていて、同性愛というより人間としての個人愛を描いた作品と言った方が良い。
山田さんの誠実さにより、違和感なく読める内容
山田さんと吉田さんが表紙の女子シリーズには、男子シリーズと唯一異なる点がある。男子シリーズの鈴木君は、女の子っぽい男子の佐藤君を、女じゃないか?と疑い、スカートをはくことを強要したり、女の子として好意を持っている節がある。しかし、吉田さんは山田さんを、女性としてそのまま好意を持っている。しかし、他の女子には全く愛情が持てないので、山田さんだけが特別好きなのだ。
男子シリーズの佐藤君は、基本鈴木君を冷遇するシーンが多く、気持ち悪いといって逃げたりしているが、女子シリーズの山田さんは、吉田さんの愛情に困惑しつつも、女友達として誠実に接しようとし、好意を持ってくれている吉田さんに親友として分かり合おうと努力する。
こういう設定は、男性が読む青年漫画雑誌では極めて珍しいのではないだろうか。男性受けする理由には、吉田さんが奥氏の得意とする巨乳キャラであり、サービスカットがふんだんにある点にありそうだが、山田さんが自分に好意を寄せてくれる人に誠実に接しようとする行動は見習うところが多く、同性への愛情を超えた人への思いやりに溢れている。
この作品はそういう意味では、女性にも共感が持てる作品だろう。また、吉田さんのことばかりではなく、男子生徒の小林君に心を動かしている描写も非常に可愛らしい。
恋愛の価値観が多様化した現代で、また一つどれにも属さない愛情を見つけたような気持ちになる作品である。
作画があっさりしていて読みやすい
著者の奥氏と言えば、最近ではCGを使った作画で、01 ZERO ONEに始まり、GANTZ、いぬやしきなどがヒットしている。緻密な作画に大変定評がある作家であるが、HENシリーズは背景や人物も、リアリティよりデフォルメされた可愛らしい絵柄になっており、最近の作画より漫画っぽさがある。
最近は他の作家も作画をデジタルで行うことが多くなったせいか、かなり絵にリアリティがある作品が多くなったが、同時に画面が暗くなりがちで目に入る視覚情報が多く、若干読みにくさを感じることがある。その点この作品は非常に絵柄がすっきりしていて、アナログ作品の良さを改めて感じる。
奥氏は、短編などでも作品によって絵柄を変えたりするそうだが、HENシリーズでは少女漫画でも通用しそうな可愛らしい絵柄になっている。そうかといって、「よくありがちな流行り絵」のような、没個性的なものではなく、奥氏特有のポニョポニョしたような愛らしさがあり、今のリアルな作画にもその面差しを感じさせる。
また、線があっさりしているのに人物の描き分けが見事な点も、奥氏ならではと言える。
鈴木君・佐藤君とのコラボ
男子バージョンではおまけページでしか、吉田さんや山田さんとの絡みはなかったが、女子バージョンのロング版では、鈴木君と佐藤君が途中から物語に登場し、かなり重要な役どころになっていく。
シリーズ物としてはつながりがある作品であるが、物語としては独立している作品の登場人物が関わってくるのは非常にユニークで面白い。同一作家の作品では、他作品の登場人物が出てくることはたまに散見されるものの、もしかしたら鈴木君と吉田さんが付き合ってしまうことで、二人の個々の愛情物語が終了してしまうのでは?と思うほど介入してくるのは珍しい。
中には、鈴木君と吉田さん、佐藤君と山田さんが付き合うことになって終わってしまうのか?と危惧するファンもいたのではないだろうか。そう思わせておいてそうならないという先の読めなさは、GANTZに始まったことではなく、すでにHENから奥氏のストーリーの特徴としてあったのだと思い知らされる。
しかし疑問なのが、作中の佐藤君の友達の奥君は、奥氏なのだろうか?女子シリーズショート版に出てきた奥君そっくりの奥園さんにも笑ってしまったが、内田康夫氏が軽井沢のセンセとして自分を小説に出しているように、この頃は自分を作品に出したい願望がおありだったのか、そこだけが謎である。
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