美しく、激しいアイスダンスの世界。
さすがの槇村さとる先生。
槇村さとる先生というと、漫画界のかなりの大御所というイメージがあります。漫画に夢中になり始めた小学生の頃、すでにデビューされていましたし、それからずっと近年まで第一線を走ってこられてたというイメージです。作品もドラマ化された話題作が複数ありますし、2002年には自叙エッセイ「イマジン・ノート」で自らの辛く苦しい過去を乗り切った事を告白されておられたり。通常、漫画家さんの多くはあまり表立っては出られないですし、マンガは表に出るけど、漫画家さんは大抵その作品の裏からあまり表舞台には出てこられないという印象です。実際、小さい頃から好きな漫画家さんで、作品を長年愛読して集めていても、実際に未だ顔を知らない漫画家さんが大勢いますから。(このインターネットで何でも知れる時代でもです。)けれど槇村さんはわりと表舞台にも出られた漫画家さんだと思います。美人ですし、今も教鞭をとっておられるとの事ですし。なので、槇村さとるさんは、イメージ的に、漫画家界のユーミンというか、そんな派手なイメージがありました。
従来の少女漫画には革命的な題材。
昔から、槇村さとるさんの作品は、その作品の題材に従来の少女漫画の域を超えたものを描かれてきたように思います。「ダンシング・ジェネレーション」が最初に読んだ作品だったのですが、ダンス、しかもジャズダンスです。漫画全編に描かれているダンスシーンがもう、スピード感溢れる、ダンスの世界を見事に体現して描かれており、そしてその続編「N★Yバード」の最後にはブロードウェイまでいってしまう。このシリーズは漫画を読んでいる間、自分がNYのど真ん中の別世界にいるかと錯覚する位の迫力をもった作品でした。
それで、この「白のファルーカ」です。今度はアイスダンスです。私は連載当時この作品をつまみ読みはしていたんですが、全部通して読んだ事がなかったので、数年前に文庫版で大人買いして読んだのですが、これを書くにあたり、一体連載時は何時頃だったのだろう・・・と調べてみたら、1987-1989年!!!終り頃とはいえ、まさか1980年代だったとは思いもよりませんでした!!!ビックリです!!!先ず絵柄が全く古く感じないですし、あの当時、アイスダンスというと、多分、イギリスに有名なアイスダンスのカップルがいたと思いますが、日本では全く知られてなかったのではないでしょうか?フィギュアスケートですら、当時はそんなに日本で注目は浴びてなかったように思います。
それを言えば、ダンシング・ジェネレーションも、今ではEXILEなどの登場で、ダンス熱が凄く、ダンサーになりたいという若者も多いですが、当時はまだマイナーな題材だったと思いますから、時代の向こうを常にいってた漫画家さんだったのだなと改めて感服です。この漫画、とても80年代に連載されていたとは思えない洗練された絵柄と内容で、本当にビックリします。
アイスダンスとスペイン、そしてフラメンコの情熱。
この作品の主人公、秋吉樹里はアイスダンスのスケーター。ある日、憧れだった、怪我をして引退をやむなくされた天才スケーターが彼女の所属するクラブのリンクへと訪れ、コンビを組む事になります。この漫画は槇村さんにしか描けないだろうなぁ・・・という位、アイスダンスをしている時のシーン、また、フラメンコを踊る時の描写が半端なく迫力があり、とことん美しく、物凄い疾走感が画面から伝わります。そして、その上に彼女の男性の骨格の描き方(これが凄い!!!)、その絵の上手さと力量が遺憾なく発揮されていると言っても過言ではない位、とにかく、キメ場面を見せて、見せて、見せまくります。読者は完全に魅了されて、アイスダンスの世界に引きずり込まれます。それに、スペインという国かかかわってきて、フラメンコが融合される。それがとにかくさらに、素晴らしい世界観を築き上げているのです。圧巻です。
樹里の事故で亡くなったフラメンコダンサーだった両親、松木恵と、その異母兄弟のスペイン人ハーフの海堂忍ことアントニオ、その海堂忍のスペイン人フラメンコダンサーの母、そして恵と忍の父親。彼らの背景の共通項がスペイン、そしてフラメンコ。マドリッド以外では東京に一番多いとされるフラメンコ・ダンサーですが、フラメンコを理解できるのはスペイン人以外は日本人だとも聞いた事がありますが、これまた、この80年代にフラメンコも大きく作品の中に描かれているのも凄く良い。それに、肉親のドロドロな人間関係、それにまつわる謎が散りばめられ、そしてその背後にある悲しい過去が次々と解き明かされて、スペインという土地に繋がっていく。単なるアイスダンスの物語ではなく、サスペンス、謎解き推理風にもなっていて、そこがこの物語のさらに面白い所、続きが気になって仕方なく、一気読みしてしまう部分と言えると思います。
樹里と恵。
登場人物についてちょっと。この物語で何と言っても印象に残ってるのが、天才スケーター松木恵が、タイツとかぴちぴちしたものを衣装で着るのが絶対に嫌だという事!これが凄く面白くて、なおかつ、これが松木恵というキャラクターを感じるにあたって、私自身は凄く大きな要素でした。ジーンズを履いてスケートをするのです。とても考えられないのですが、それでフィギュア時代には一位をとるんですから、誰も文句は言えないですよね。笑。そのジーンズでスケートする松木恵がめちゃくちゃカッコいい。ハンサムで自信家で、でも裏付けがある。
そして、その松木恵がアイスダンスで再起を目指す為にパートナーに選ぶのが樹里で、彼女を元のパートナーから奪うのですが、その時のシーンが凄く印象的で頭にこびりつき、後々までその場面が時折記憶の中から顔を出す位、白のファルーカというとこのシーンを思い出す、それ位にインパクトがあったんです。
鏡の前に自分と樹里を並ばせて、どうしてパートナーが樹里でなくてはいけないのかの理由を「ルックス、身長、骨格、プロポーション、オレと並んだ時のバランス」と並べ立てるんですが、それに対して樹里は怒って恵を引っぱたくんですが、実際、二人が鏡の前に並んだ時の姿が、それが事実なんだと物語っているのですね。そして、それを分かった上で「恥知らず」と怒る樹里の内面の葛藤など、実に絶妙で、この部分を読んだ時、槇村さとる先生、天才じゃないかしら?って思いました。
登場人物でもう一人特筆すべきなのが、恵と忍の父親。このおじさんがもう冷血非道の大悪人ぶりが凄い!最後は死にそうになってちょっと丸くなるんですけど、強烈なキャラです。
優雅に見えるけど、こんなに激しいアイスダンス。
最後に、この漫画を読んでから、オリンピックや大会など、TVでアイスダンスを意識して見るようになったのですが、その優雅さとは相対して凄い運動量で凄くハードだというのはこの漫画で知っていて、なおかつ、信じられない位のルールや規定がてんこもりで、何て難しそうなんだ・・・。大汗。と見るたびに思います。尊敬の念を抱きます。この漫画を読んだからです。笑。こうやって、漫画との出会いは、色んな知識や興味にも繋がっていくのですが、槇村さとる先生の作品はこの「白のファルーカ」を含め、漫画を楽しむというだけでなく、沢山の知識をも同時に楽しく得させてもらいます。これを書いてまた、読み返したくなりました。
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