アニメから逆輸入のスピンオフ作品
目次
アニメのオリジナルが原作の珍しいスピンオフ
普通は原作ありきでアニメ化されるのが本来なのだが、ボクは岬太郎はアニメ版のエピソードがあまりに評判が良かったため、ほぼアニメに忠実に高橋陽一先生が漫画化してくれたという珍しい短編。
そもそも、当時起こっていた原作にアニメが追い付いてしまい、時間稼ぎに回想シーンやオリジナルエピソードがやたら挿入されていたアニメがもたらした傑作エピソードなのだ。試合がメインであまりキャラクターの日常を深く描かないキャプテン翼にしては、家庭の事情やチーム内の対人的もめごとを岬が解決するという珍しい作風も受け、岬の人となりに感動した人も多いと思う。
岬がフランスに行く前に、どこの学校に転校してどうしていたのか、知りたかったファンも多かっただけに、まさしくファンのニーズにベストマッチだったと言える。
高橋先生も、アニメのエピソードがあまりに良くできていたので、短編として書いてくださったのだろう。当時の作品は、今となってはレンタルするか、高いコンプリートBOX出も買わない限りお目にかかれないが、非常に印象に残る回だけに、セリフを一字一句たがわず漫画にしてくれたのは、本当にファンとしては嬉しい限りだ。
どうやったらこんなにできた子に育つのか?
それは漫画だから、と言われたら元も子もないのだが、親の都合で短い時は数か月単位で転校を迫られたら、いい加減うんざりしてしまいそうなものである。事実岬は、南葛市も、春から夏休みの間くらいまでしかいなかったのだ。(連載が長いのでもっといたように感じるが、時系列では本当に短い間しかいなかった)父親ですら、自分には出来過ぎた息子と言っているように、家事もろくにしてくれない親なのに、文句ひとつ言わず、美人の母親の元に連れていかれても父との放浪を選んだ岬は、もしかしたら沢山の友達とサッカーをして全国行脚をすることを案外楽しんでいたのかもしれない。
しかし、レベルの高い南葛で、しかも全国優勝という快挙を成し遂げたチームにいながら、草サッカー程度のレベルの低い学校に転校し、そこで情熱はあるけど技術が追い付かないチームメイトを馬鹿にすることなく、活躍させる場を与える心の広さと大人顔負けの心遣いには感心する。
同時に、岬の父親が教育ママのチームメイトの母親に、好きなことを素直にやらせろと説得するシーンがあるが、岬が実母より父を選んだ理由を感じるシーンである。母に面識がなかったことも単純にあるだろうが、恵まれない生活の中、一番好きなサッカーをすることだけは、父親が尊重してくれていることを、岬は感謝していたに違いない。結果的には父の都合でフランスに行く決断をすることで、岬のサッカーの幅はさらに広がることになり、かえって良かったようにも思う。
アニメのエピソードがうまく原作になじむ形に
原作の小学生、中学生編だけでも、岬は十分魅力的なキャラクターであるが、アニメの岬のその後の転校先での様子、フランスに行くことになったきっかけ、実の母親との関係を明らかにすることは、その後のキャプテン翼シリーズでも大きな影響を与えることになった。
異母妹の美子の存在などは、岬がその後ワールドユース編で美子をかばって交通事故に遭うという悲劇にもつながっていく。(ところで、美子という名前は割と珍しい名前だと思うのだが、キャプテン翼には松山の彼女藤沢美子と、岬の異母妹山岡美子と、二人も美子が出てくる。なにか著者のこだわりがあるのだろうか?)フランスで自信をつけ、富士山を描くために静岡県に腰を据えることにした岬の父の決意のおかげで、岬は高校時代は安定して南葛高校でサッカーができるわけだが、実はその前段に、南葛市で富士山を描こうとしたがうまくいかなかったために早々に去ってしまったという事情があった。
原作者を離れたところで作られたエピソードを原作者が起用して取り込んでくれるという事例は珍しく、しかもここまでうまくなじんだ例も珍しいだろう。
他にも2つの短編収録
この単行本には、卒業ー100Mジャンパー2-と、BASUKEという作品が収録されている。卒業については、高橋陽一先生のもう一つの短編集、100Mジャンパーの続編になっている。
スポーツ漫画としては珍しく、スキージャンプが扱われているところもユニークな作品だ。また、ジャンプの問題より、どちらかというとジャンプに夢中になっている千春に好意を寄せているおさななじみのみゆきの視点で描かれており、どちらかというと人間ドラマを重視している作品である。
しかし冒頭からかわいそうなのは、みゆき自身もあれは何だったの?と言っているが、どう考えても前作で二人はお付き合いをすることにしたのではないか?という展開だったのに、なかったようなことになっている点である。気持ちが冷めたと思いきや、終盤で千春が逆転プロポーズをしてしまうあたりも、連載でリアルタイムで読んでいた時はカッコいいと思ったが、それなりに大人になって冷静になって考えると、自分の都合で彼女を振り回す疲れる男、という気もする。
卒業については、1作目の100Mジャンパーで完結でも差し支えないような作品である。しかし、続編が出たのは、スキージャンプという競技の注目度が高まってきたことや、著者のあとがきに、卒業という岐路に立つ人へのプレゼントとしてと書かれているため、どちらかというと別々の進路を歩むことになる若者の葛藤の方をメインに描きたかったのかもしれない。
キャプテン翼が比較的試合ばかりなので、こういう展開の作品は、高橋陽一ファンには嬉しいのではないだろうか。
BASUKEは試合より内面の問題がテーマ
同じく収録されているBASUKEは、まだスラムダンクなどの有名バスケ漫画がジャンプに現れる前に描かれた作品である。一応著者も、バスケの素人ではなく、集英社のバスケ部の練習に顔を出し、あとがきを書いた当時8年にもわたるバスケ歴はあったようだ。
しかし、この作品はスラムダンクの様なバスケそのものの面白さや躍動感はほとんどないに等しい。そもそも短編なので、スラムダンクほどの躍動感を求めること自体が間違いなのかもしれないが、バスケ漫画なのに動きがあまりサッカーのキャプテン翼と変わらないあたり、あまりキャプテン須本や先輩大場の凄さがわからなかった。
この作品は、八百長と良心の呵責、和解などをテーマにしているため、タイトルはBASUKEだが、バスケットが好きな人が読むと若干肩透かしを食うかもしれない。
総じて、ボクは岬太郎も、卒業も、BASUKEも、試合メインというよりは、人間同士の心の問題の方がメインになっている点では共通している。高橋陽一氏はそういう描写が苦手なのかと思った人には、とても新鮮に映るだろう。
作品の背後にある著者の思い
この短編集では、筆者あとがきにあるように、人生の岐路だったり、腑に落ちないドラフト制度の問題についての投げかけなど、スポーツを通じて別に伝えたいテーマがある作品がそろっている。
この作品を観た後に、キャプテン翼を改めて読むと、試合ばかりのキャプテン翼も、ただサッカーなのではなく、今の子供が忘れがちな純粋に夢を追いかけることの大切さがテーマになっているようにも思うし、結果的にそういう作品だからこそ、それに倣った子供がプロ選手になれたのではないかという気がする。漫画は表面だけでも楽しめるが、その奥の意図を汲むともっと楽しめる。そんなことを感じる短編である。
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