こんなに大変な仕事とは思いませんでした
後世に残したいドラマ
私が初めてこのドラマを知ったのは、今から37年前の1980年の事でした。当時まだ5歳の私でしたが、後に再放送で見ていました。主役は堺正章さんで、実際の戦争のシーンが挿入されるというドキュメンタリー要素も印象的でした。ナレーションには『男はつらいよ』でお馴染みの渥美清さんという豪華さで、当時もかなり力の入った作品だという事が分かります。出演者の中には明石家さんまさんも出ていました。当時はまだ大阪での活躍が多かったさんまさんですが、この作品で役者として全国区に知られる事になったそうです。堺正章さんとの漫才のようなやりとりが楽しかったのを覚えています。その後も高嶋政伸さんが主演され、2015年に佐藤健さんが主演となり再びリメイクされました。天皇陛下の料理番をされていた方のお話にももちろん興味はありますが、明治から大正、そして昭和へと移り行く世の中を後世に残すという意味でもこの作品はずっとリメイクして欲しい作品です。私ももちろんそうですが、戦争というものを知らない世代はますます増えて行く事でしょう。その時にこのドラマは必ずと言って良い程必要になるドラマだと思います。
成長物語と夫婦愛
主人公の秋山篤蔵は小さい頃からヤンチャで、優秀な兄・周太郎といつも比べられていました。見かねた父親は寺に預けますが、ここでもやっぱり務まらず家に追い返されてしまいます。ますます父親は怒ります。当然です。そして、篤蔵は「松前屋」の婿養子に入ります。奥さんとなる俊子さんはおとなしくて優しくて、篤蔵も彼女の為に働こうと決意をします。決意をしますが、やっぱり篤蔵です。ある日仕事で訪れた鯖江連隊で炊事軍曹である田辺にカツレツを食べさせてもらい、そのあまりの美味しさに感動します。当たり前かもしれません。時は明治。まだ日本人が気軽に洋食に触れ合う機会さえなかった頃です。カツレツの味がいかに美味だったか想像を絶します。しかし、しかしです。まさかのここで篤蔵は料理人になる事を決めちゃうんですっ。そして、俊子さんの前から姿を消してしまいます。俊子さんは周囲の説得には応じず離縁はしませんでした。でも、私は彼女の気持ちが分かりませんでした。やっぱり普通は離縁しますよね?だって自分を裏切った人ですよ?そんな俊子さんの気持ちも知らずに篤蔵は東京で浮かれています。ですが、理想通りにすぐに料理人になるなる事は出来ませんでした。短気な彼は荒れますが、華族会館の料理長である宇佐美の「料理は真心」という事を教えられます。それからの彼は変わりました。野菜の下ごしらえも洗い物も誰よりも頑張りました。そして、篤蔵はパリへと行きます。そこではかつて一緒に働いた松井新太郎が画家となっていました。人種差別の壁を乗り越えて着実に料理人として成長した篤蔵にある日宮内庁から連絡が来ます。それは、大正天皇即位の行事で料理を振る舞えというものでした。最初は断るつもりの篤蔵でしたが、新太郎に背中を押されます。実は、私はこのシーンが特に好きです。新太郎は日本に帰るつもりがない篤蔵から荷物の入ったケースを奪います。そして、「おいら。やっぱり日本人だからさ」と叫ぶのです。その時に、彼の故郷に対する愛と篤蔵に対する友情を感じました。しかし、帰国後。即位の行事は成功したものの兄の周太郎を病で失くします。そして、再会した俊子とやっと所帯が持てたのに、彼女もまた病で篤蔵の前から消えます。しかし、篤蔵は天皇の料理番として職務を全うしました。ある日、天皇陛下がアメリカに捕まるかもという噂から、篤蔵達はGHQのご機嫌取りをします。どんなに侮辱されても、道化に徹したのです。あの、気の短い篤蔵が怒りを抑え、池の中で鳥の真似をする姿に涙が止まりませんでした。どんなに、どんなに悔しかったでしょう。敗戦国というのはこれ程までに惨めなのかと改めて思い知りました。それから時は流れ、篤蔵は58年という料理人生に別れを告げます。昭和天皇に労をねぎらわれた篤蔵の心は満足だったでしょう。
陰の努力
このドラマにはモデルになった方が居ます。秋山徳蔵さんという方は、小柄でとても穏やかな方だったそうです。仕事に対しても誇りを抱き、時には頭を下げる事もあったそうです。天皇陛下の料理というものはかなり豪華なのだろうと思っていましたが、実際はそうではなかったみたいです。宮内庁大膳課には和食と洋食、パンや和菓子に洋菓子と5つのグループに別れているそうです。朝食には軽めの洋食で、昼と夜には和食と洋食が日替わりで交互に出ます。内容もオムレツやカレーといった普通の物ですが、化学調味料は一切使わず、塩分も控えめだそうです。カレーだって辛味を抑えたものらしいです。それに、大膳課の方が用意するのは陛下の食事だけではなく、園遊会などで来客に提供する料理も担当されているそうです。料理番の方が表立って活躍する事はありませんが、こうした陰の努力があるのだという事を知りました。
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