周囲の愛に包まれて、一つの道を極めた男の生き方
一人の男のただひたすらまっすぐな人生
何をしても長続きせず、厄介者として親も手を焼いていた人間が、一口のカツレツに感動し、その道を極め、ついには天皇の料理番にまで上り詰めた話である。大正昭和を宮内省厨司長として勤め上げた男の史実に基づいたフィクションだ。目標を見つけてからそれを極めるためにあらゆる苦労をものともしない。ひたすらまっすぐ前を見続ける様は見ていて壮観で、尊敬を感じる。そしてそこには愛も描かれる。全ての場面において涙なしでは見られなかった。優秀な長男と比べられ、誰からも相手にされなかった人間が、ここまでのし上がるとは当時の人々は思わなかっただろう。だが、なりふりかまわぬその言動は、本人からしてみればただ自分がやりたいようにやっただけのような気がしてならない。まっすぐと前を向き、それにつき進む大切さを現代の人たちに伝えてくれる演出と、気迫のこもった演技だった。
夫婦としての絆が物語を作る
主人公の篤蔵はどこででも方言で大きな声で話す。それだけで存在感を感じる。そして若いときはただただやんちゃに、年をとるにつれて厳しい顔つきに変化して貫禄をつける演技力は見事で、時代の流れや変化を知ることができた。身に付けているもの、登場人物の変化や背景でそれを知ることができるが、役者の演技力でも感じ入ることができることを改めて知った気がする。また、妻となった俊子は、夫を支える、その時代の良き女性をおしとやかに、でも意志は強く描かれている。この夫婦を作り上げるために、流産という命をひとつの題材にしている。篤蔵が東京にでたもとから始まる遠距離生活の中、一度は縮まった距離がこの悲劇を元に離れていく。そんな場面で雪が降っていた。肩にかかる雪を振り払う俊子の姿はなんとも切なく、そのときの二人の心境をトータルで表している。全てが計算されつくしているように感じた。二人はのちに理想的な夫婦として家族の形をつくっていくが、俊子は手本となる妻や母として描かれている。けれども、ただ付き従うのではなく、篤蔵の愛を感じることができるからこそ、一途に支えていけるのだろう。俊子にも産婆という道が開けた。その仕事を抱えてもなお妻に徹しているように感じるのは、お互いの愛が強く表現されているからだと思う。
なくてはならない存在が人としての成長を促す
篤蔵という人間性を成長させるのになくてはならないのは、優秀な長男の存在と上京して出会ったバンザイ軒の主人と妻である。篤蔵の夢を最後まで信じ、願い続けたまま亡くなった兄は、篤蔵の夢を実現させるためのおおきな原動力だったし、バンザイ軒は休息の場だった。オンとオフの使い分けをしている。皆が厄介者扱いをし、期待もしなかった篤蔵の早くからの見方であり、心の支えであった。なにより、ふすま越しに「励めよ」と言った声の深みが印象的でよく覚えている。兄の思いに答えようとまっすぐに前を見据える場面が大事な局面で描かれる。夢を実現し、天皇の料理番としてのゴールに向かうための道しるべのようだ。バンザイ軒の場面では張り詰めた空気が一変する。この夫婦はお互い勝手をしているが、そのあっけらかんとした振る舞いが、篤蔵も俊子も慣れない土地に慣れるきっかけを与えてくれる。そしていろいろなアイディアを生み出す。愛あふれる人間模様が見られるお店だ。不思議な夫婦な感は否めないが、篤蔵夫婦にはプラスに働いている。この二つが見飽きない構成として成り立っているのだろうと感じる。
人の心に入り込む、感動的なストーリー
このドラマは、一人の人間の成長を描き、その前を向く力とどんなにばかにされようがめげない強い心を伝えている。大正昭和という戦争も背景にあった時代、逆境もあっただろうが信じる道を見つけひたすら歩き続けた篤蔵の姿は、いつの時代でも通じる生き方であるし、今から何かを始めようとする現代の人たちをおおいに励ましたことであろう。また、家族の関係もしかりである。天皇の料理番としての地位を子供たちに打ち明けず、特に長男との距離が開くばかりだった。だが、大震災を経て配給所で篤蔵と長男が落ち合い、抱き合う姿は心からほっとするものだったし、わだかまりがありながらも篤蔵は自らを曲げず、息子は父の姿を見て理解するのは理想的な家族として憧れるものである。主人公の方言は少し面白いものがあったが、ひとつの物語の中で篤蔵のキャラクターを作り上げていた。天皇の料理番とはどのような仕事をするのか、どんな誇りを持っているのか、今まで考えたこともなかった。天皇につくものでありながら表にでることがない、しかも天皇の口に入るものだから重い責任がのしかかる、そんな環境で生きてきた人間が感じたことであろうことを初めて知ることができた。時代背景や、たくさんの、でも分かりやすい人間関係が、涙なくしては語れない、感動的なストーリーを生み出すことになったと感じる。もう一度みたい作品だ。
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