誰にでも起せる犯罪
転落人生が見事に描かれている作品
梅澤梨花という、平凡な主婦であったはずのひとりのの女性が、人生を転がり落ちていくのが見事に描かれていて引き込まれた作品です。
ストーリーは、裕福な家庭に育った梨花という女性が、学校を卒業し就職して、普通のサラリーマンである男性と結婚したところから始まりました。
一般女性に起こりうる平凡な人生です。
でも、梨花は変化のない毎日に徐々に不満を持つようになりました。夫婦生活もすれ違ってしまったり、友人が妊娠することも決定的になって、転落する人生へと歩み始めました。
梨花の夫である正文の言動が、梨花を犯罪者の道に進めたのではないかと感じました。
特に梨花目線で書かれているので「違和感」を感じやすかったです。
例えば梨花が正文を初給料で食事に誘いました。しかしすぐ後に正文はもっと高級な店に梨花を誘いました。
本文にも書かれている通り、梨花の給料ではこんな高級な店には行けないんだと思い知らされているようでした。
仕事をする前も、正文に「仕事をしてみようと思う」と打ち明けた時、正文は梨花がしようとしている仕事の内容や正社員なのかバイトなのかも関心がありませんでした。
梨花にしてみれば「私に興味が無い」と思ったはずです。
正文にとっては特に理由は無いのかもしてませんが、された方の梨花にとっては正文の態度は不信感を募らせたのだと思います。
自分にとって釈然としない行動を取られた時に、人間は思いもよらない行動を起こすことがあるのだと思い知りました。
そして光太と出会ってからの梨花は、分かりやすい程にハマっていったと思います。
始めの出会いは偶然であるかもしれません。
そして最初の誘いこそ光太の方からですが、何度か会っていく内に梨花の方が会いたさを募らせて光太への気持ちが高まっていったのが分かりやすく描かれていました。
光太への気持ちが分かりやすく表現されていたのは、始めて顧客のお金に手を出した時です。
化粧品を買ったレジで、若い光太の肌ツヤを感じ、自分もその肌に負けないような若々しさを手に入れたいという感情が見事でした。
光太がもし年上の男性だったら、もしかすると顧客のお金には手は出していなかったのではないかと思います。
年下だったからこそ、高額な金額を支払ってでも高級な化粧品を使って、若々しい肌を手に入れたかったんだと思いました。
わだかまりや些細な願望が積み重なるだけで、人は犯罪者になってしまうんだと痛感する作品です。
梨花は、キレイな女性として光太に会いたいと思っただけなのに、銀行の顧客のお金に手を出して、出し続けてしまって1億円という金額を横領したんだと読了後に悲しくなった作品です。
誰にでも起こることだけど起こさない
梨花以外に、何人かの人生についても描かれています。
例えば、岡崎木綿子です。
平凡な主婦として毎日を過ごしている彼女を描いていますが、梨花が1億円を横領したことを知ります。
でもお金があればスーパーの安売りに行かなくても良い、ローン返済できる、娘の学費や塾だって、と様々な事が頭をよぎりますが、実際には実行することはありません。
理性が働いているからです。
普通の理性がある人間であれば、木綿子のように「お金があれば」と思っても、実際に横領という行動は出来ないのが本当です。
他にも中條亜紀の場合、離婚して別れた娘と買い物をする場面があります。
父や祖父母には買ってもらえないような高級なものを、亜紀にねだります。
しかし亜紀も、娘が自分と会うのはお金目当てだと理解した瞬間に、娘を突き放しました。
お金で人をつなぎとめる事が出来るかもしれないが、それは一時のものだと理解した瞬間ではないかと思います。
梨花には、この理性が働かなかったので、光太を愛しすぎ転落人生を歩むことになったんだと思います。
梨花以外の人物についても描くことで、お金だけで全てが解決するわけでも人生を操ることもできないんだと見事に表現されていたと思います。
ここから出してください
「ここから出してください」この言葉は、この本のテーマだと感じました。
光太が言った時、梨花は「何を言っているんだ?」と言葉の意味を理解できていませんでした。
読んでいる私には、光太が梨花のお金による呪縛を解き放って欲しいと言っていると思いましたが、梨花には言葉の意味が理解できていませんでした。
ラストには梨花も同じ言葉を口にします。
パスポート提示を求めてきた男性に「私をここから連れ出してください」と。
梨花の言った「ここ」は現在地ではなく、お金の呪縛にがんじがらめにされている自分自身。
光太のために横領し続けた自分。
それを解放して欲しいと言っているんだと、私は感じました。
お金は色々な物が買えます。
旅行も高級ホテルや車も、美味しい食事をすることも出来ます。
でも、肝心な光太の心は手に入れる事は出来ませんでした。
梨花にとって一番欲しかったのは光太の心じゃないかと思います。
横領の始めとなったのは、光太と同じような若々しい肌を手に入れたいとおもって買った化粧品です。
でも横領を続けた結果、梨花は犯罪者になり、愛していた光太は若い女性に惹かれてしまい離れていきました。
お金だけでは何も手に入らない、そう教えてくれた1冊です。
梨花が言った「私をここから連れ出してください」は、あの時の光太の心情を理解し、今まで自分がしてきたことの罪の重さを感じた瞬間だろうと思いました。
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