あっと驚くトリック満載の短編集 - 一千万人誘拐計画の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

一千万人誘拐計画

5.005.00
文章力
5.00
ストーリー
5.00
キャラクター
5.00
設定
5.00
演出
5.00
感想数
1
読んだ人
1

あっと驚くトリック満載の短編集

5.05.0
文章力
5.0
ストーリー
5.0
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

こんなこと可能なの?が簡単に可能だった

角川書店の一千万人誘拐計画は、5つのショートミステリーからなる。受験地獄、第二の標的、一千万人誘拐計画、白い殉教者、天国に近い死体であるが、特に受験地獄と表題にもなっている一千万人誘拐計画は、こんなこと可能なのかということが、意外な方法で簡単にできてしまうという事にハッとさせられる。

例えば、受験地獄では、午前9時からの大学入試だというのに、起きたのが午前8時40分。どんなにタクシーを飛ばしても間に合いそうもない。そんな主人公が試験に間に合い、大学受験に合格する。そんなことができるのだろうか?方法は決して合法ではない。しかし、大学に爆弾が仕掛けられたという脅迫電話をかけ、受験開始時間を延期させることによってまんまと会場にもぐりこむ。この方法には、不謹慎ながら感心したし、実際真似できる方法ではないが短時間でとっさにこの方法を思いついた主人公は、伊達に一流大学の受験生ではないような気もした。

また、一千万人誘拐計画では、そのタイトルの通り東京の都民一千万人を誘拐したという脅迫が都庁に電話で宣言されるわけだが、そんなことそもそも可能なんだろうか?電話に出た秘書の日高は最初失笑しているが、普通に考えてできるわけがない。

しかし、誘拐の定義を考えると、一千万人を人質にとるということは、人を殺すことに躊躇さえなければ可能という恐るべき方法が描かれている。要求をのまなければ都民をランダムに殺す。よく考えればこの方法なら、どんな人数でも人質にすることが可能だ。こういった犯人の不可能を可能にする犯罪方法に、西村氏の着想がいかに優れているかを証明している短編といえる。やや、模倣犯が出ないか恐ろしさすら感じるストーリーである。

年齢が止まる前の若き十津川の姿

一千万人誘拐計画では、警部補で一見頼りないが実は切れ者だったという若き日の十津川の姿があり、第二の標的では宮本という十津川と抜群のコンビネーションで事件を解決する相棒が登場する。

十津川が風邪をひきやすかったり、つかみどころがないような性分があったり、一見違法ではないか?という方法で犯人を欺いて一気に事件を解決してしまうところは、近年の落ち着いた上司となった十津川にはない、破天荒っぷりが垣間見れて痛快でもある。

十津川は奥能登に吹く殺意の風という作品でも、北条刑事に若いころに訳もなく仕事を休みたくなって実際さぼったことがあると告白していることから、完璧に品行方正な刑事ではなかったのかもしれない。それでも、絶大の信用があるのは、難事件を解決する技量を買われての事だろうと、この短編では証明されている。

人は、誰しも自分の適性通りの職業に就くことは難しい。十津川自身も、寝台特急殺人事件で自分の下手くそな字を見て、過去に筆跡鑑定の占い師に性格にむらがあり、堅い職業には向いていないと言われたことを回想している。しかし、向いていないからこそ努力するという事もあるという十津川の姿勢は、学ぶことが多い。それに、十津川は、刑事の仕事は、本人がどう思おうが、読者は天職だと思っている人が大半だろう。彼の勘が冴える時、天職に就いた人間が、自分の才能を人助けに生かせることがどんなに幸せか。十津川警部はそんなことも読者に訴えているように思える。

西村版浅見光彦!?徳大寺京介

白い殉教者、天国に近い死体の2作品は、刑事の立場の主人公が、友人徳大寺京介に事件の推理を頼むという短編になっていて、徳大寺京介も西村氏の作品では魅力的な探偵役である。

十津川の元部下で、現私立探偵の実直な橋本とは異なり、ひょうひょうとしていて自由に生きており、年齢が32歳というあたり、内田康夫氏の浅見光彦の様な存在だ。風貌はいかにも育ちがいい浅見とは異なり、徳大寺はマサイ族に似ているというのだから、野性味があるところが違っている。そして、やや浅見よりつかみどころがなく、あくまで物語が刑事の視点で語られる珍しい文体になっているため、徳大寺の心情がつかみにくく、浅見よりミステリアスな印象である。

刑事も自分の推理や行動の範囲が及ばない時は、探偵に知恵を拝借することは実際あるのかどうかわからないが、徳大寺や浅見の様な縛りがない存在、しかも頭が切れて行動力があるというのは、ミステリーでは非常に動かしやすいのかもしれない。

西村氏はその後の発表作品では十津川シリーズの橋本の方がはるかに活躍するため、内田氏・西村氏の間でオマージュや影響があったとは思えないが、ひょうひょうとした魅力的探偵が起用されている点においては、比較して読むのも興味深い。

犯人が主眼という珍しい作品も

西村氏の作品は、十津川警部シリーズを始め、他作品でも雑誌記者の視点であったり、事件を追う側の視点で書かれることが多いのだが、この短編集の受験地獄では犯人の視点で描かれるという珍しい手法が取られている。ミステリーでは大御所の西村氏には当たり前と思われるので失礼な賞賛になってしまうかもしれないが、描き方の手法の幅広さを感じる。

一話一話は短いのに非常に内容が詰まっており、伏線の回収が見事である。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

一千万人誘拐計画を読んだ人はこんな小説も読んでいます

一千万人誘拐計画が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ