事件の終わりが、事件の始まり
橋本の新たな一面がわかる作品
この作品のみではないが、北帰行殺人事件を始め、橋本が活躍する作品を読むと、著者西村氏がいかに橋本というキャラクターに思い入れがあるのかを感じることができる。
十津川や亀井など、ある程度プライベートのことまで描かれているキャラクターはいるが、橋本は主役級以外のキャラとしては異例ともいえるほど、プライベートや性格が事細かに描かれることが多く、魅力的なキャラクターの一人と言える。
この作品では彼に大富豪の叔母がいたことが発覚する。私立探偵としてやや経済的に苦しい生活をしている橋本だが、なんとこの叔母に万が一のことがあれば、莫大な資産の後継人だというのだから驚きである。
そういった背景以外に、快活な叔母が旅行に出た切り連絡が取れなくなっても、比較的対応が呑気であるなど、元刑事、現探偵にしては意外におおらかな一面も垣間見ることができる。
警察では限界がある部分を橋本が補ってくれる事により事件が解決することも多く、本作もその例に漏れない。橋本の存在は、十津川だけではなく読者にとっても大きいと言える。
偏見を持たれがちな新興宗教
数百年前という昔からある宗教にはあまり偏見がないにもかかわらず、最近の新興宗教に偏見があるのは、日本人自体無宗教の人が多く、クリスマスには教会に行き、初詣には神社に行き、お葬式は檀家に入っている各信教で行うという、一つの宗教にこだわる人が少なくなっているからだと思われる。
十津川もその一人のようであるが、橋本の叔母が傾倒してしまった新興宗教、信美教団の方針等に最初こそ疑念を持っているものの、その後さらなる悪意を持つものの存在に感づいてからは比較的良い印象を持っているようである。
しかし、ストーリーの上では、若干信美教側の正当性も描かれてはいるものの、そもそも資産家の橋本の叔母を、スカウト担当と思しき早田敬子が、実在の旅行会社の添乗員と身分を偽って勧誘したり、やんわりお布施を断っておきながらなんだかんだで叔母から1億円ものお布施を受け取るあたり、お世辞にも感じの良い宗教団体とは言い難い。ポストマンという伝言を死が近い人に頼む行為にしても、時刻や日にちを決めて薬物らしい物を摂取させ、安楽死させるという儀式は、殺人ではないだろうか。
結果的には宗教団体幹部は逮捕されるが、十津川や橋本、亀井が、需要と供給が合致しているとはいえ違法行為をしている点において、やや大らかな視点になってしまったことには違和感を感じる。
宗教には大なり小なり悩みの救済を目的としている部分はあるものの、法外なお布施や医療行為で命のタイミングまで操作するのは、宗教という名を利用した営利目的の犯罪者集団のように思えてならない。しかし物語では、幹部の逮捕者が出た後も教団敷地で死者への伝言を依頼したい人が後を絶たない描写があり、早田敬子たちの行いが必ずしも間違ってないという流れになっているのには、感情論ではなく法的にどうなのだろうと思わざるを得ない。十津川がその様子を信美教の敷地まで見に行くからこそ真実を掴むヒントが得られる結果となっているが、教団の悪事が曖昧になってしまった点は、その場で行われていた悪事自体は山梨県警の問題だからか?とやや腑に落ちないところはある。
死生観に関する考え
余命宣告をされ、死の絶望を、大事にされている命だと実感することや、死に対してまで使命を負わせることで、運命に対して能動的な受け止め方をする手法が信美教団の考え方である。お布施の問題や死の向かい方に違法さえなければ、教義としては賛同できるところはあるし、なるほどと思う人もいるだろう。
しかし、この信美教の死生観やポストマン活動を見て、こんな面倒なことをしなくても、恐山のイタコに亡くなった方を呼び出してもらった方が、億単位や何千万といった法外なお布施を払わなくて済むのではないかと思った人も多いだろう。
やはりどこか営利を目的としている団体は、一見全うそうな死生観を示しても、どこか裏で金や事件の臭いがする。橋本の叔母の脇の甘さには呆れる反面、結果的に十津川の捜査に役に立ったこと思うと結果オーライと言えなくもない。
人間は自分の事しか考えていない
このミステリーでは、結局一貫して正義を貫いている人間は警察と橋本だけで、疑惑に絡んだ人間で全面的に潔白な人間がいないことが特徴的である。
信美教団の早田敬子も、殺人の被害者の佐々木秀之も結局は金の亡者のように思えるし、教団の悪事を追求した野上代議士や和田武史たちも、善意のようで自分たちの世間体の事しか考えていない。
一見善意の人でありそうな橋本の叔母ですら、自分の伝言を亡き夫に伝えることしか考えておらず、そのために強制的に死を迎えさせられる病人への感覚がおかしくなってしまっている。
このストーリーは、悪事を暴くものと暴かれるものの対決の渦中を十津川達が捜査しているように思えるが、加害者ばかりが悪いわけではないという、誰にも煩悩や欲深さがあり、被害者も悪党だったという珍しい結末となっている。
よって事件解決後に十津川は新たに発覚した加害者の存在と戦うことになり、解決が始まりを予感させる展開に、続編を期待してしまう終わり方をしている。しかし、その後この作品の続刊は発行されていないようだ。
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