子どもにとっての親の在り方を問う衝撃作
動悸がおさまらぬ展開は風化せず
昭和っぽいというか、目が輝きすぎで綺麗なような怖いような人物像の絵。説明は多いし、言葉だらけだし、真っ青になった顔のイラストがいかにもな感じの漫画。これは平成生まれの世代には受け付け難いかもしれないが、この物語はそれでも目を通したほうがいいと思うくらい、衝撃が走る。読みたくないくらいに忌々しく、切なく、読み終わったらしばらく何も考えたくないと思うくらいの虚無感…すごい、としか言えない。
ジェルミはどうやら人殺しをしてしまったらしい。そこから始まった物語は、そこに至るまでを丁寧に描いていく。ジェルミの母親サンドラが再婚したグレッグ。彼は異国の仮面の下に少年への性的虐待を快楽とする異常な本性を隠していた。迫りくるグレッグの恐怖、拒絶しても絶対につかまり、身動きをとれなくさせられ、何かがあればサンドラに言ってもいいのかと脅しにかかる。その卑劣さは、はらわた煮えくりかえるなんてもんじゃない。とにかくムカつくし、お前が死ねばよかったと心の底から言いたくなる。
サンドラが幸せそうだから…必死に我慢するジェルミ。愛なんてない。この世に愛なんて言う感情はない。この行為が愛の果てにあるモノだなんて信じたくない。子どもだったジェルミが逃げても逃げても迫ってくるグレッグという生き物。そのエグさと、切実さ、誰にも助けを求められない孤独が最強。これに及ぶシリアス・サスペンスってあるかなーって思うほど、根幹をぐらぐらと揺さぶってくるような構成だ。
階段を1つずつ落ちていく感じがする
一気に転落なんてさせない。このグレッグの巧妙さとエグさは、本当に残酷として言いようがない。グレッグ・サンドラ・ジェルミの3人で旅行なんてふざけるな!誰か彼を救って…そんな叫びもむなしく、どんどん堕ちていくジェルミ。逃れたい気持ち、サンドラを想って諦めようとする気持ち、グレッグを殺したいと思う気持ち、誰にも打ち明けられない孤独、そして実行に至るまでが本当に心が苦しくて、ここからジェルミを誰が救ってくれるんだろうって…辛すぎた。お願いだから逃げてほしい。どこか遠くへ…そう願ってやまなかった。
誰かが気づいているはずなのに、誰もそれを公にはしてくれない。傍観者たちはおもしろおかしく話をつくり、でっちあげ、お金につられて動く。性的虐待を趣味とするお金持ちは本当に手がつけられない。彼みたいな人間がいるんだろうなと思うと、どうにかしてあぶりだしてやりたいとすら思う。
大人たちなんて傲慢だ。でも子どもは大人なしには生きていけない。それをうまく利用して、動けなくさせ、利用するやりかたは、もはや同じ人間だと思いたくないレベル。ジェルミは、1つ失って、また1つ…と守りたいものも、自分自身すらも、捨てていく。
最悪なのは、グレッグにとっては憎悪がエサだということ。ジェルミが「殺してやる!」とグレッグに対して叫ぶたび、より興奮するらしい…最高の愛の告白らしい。ジェルミが大事にしたかったガールフレンド。汚れた自分では君を大切にできない…って手放したあの日。狂った奴に狂わされておかしくなっていく恐怖。どれをとってもいいところがなくて、よくこんな暗い漫画描くよなーって…むしろ尊敬する。
しかも、あの冒頭に戻り、誰かが助けてくれたのかと思ったら、今度は息子のイアンとの関係に悩むジェルミが描かれる。いや、むしろ後半戦はイアンの心だ。父親が自分の描いた人物ではなかったことで、自分自身が大事に考えていたものが崩れ去り、イアンがジェルミを助けようとする気持ちが果たして愛なのか、グレッグのように狂気にまみれているから湧き上がるものなのかと悩む…全部、グレッグの影響なのに、それだけでは済まされなくなっていく。どこまで堕ちていけばいいんだろうね。
サンドラが一番むかつく
何も知りませんって顔して、思いっきりグレッグの情事を知っていたサンドラ。マジで…こいつは死んでよかったかもしれないと思っちゃったじゃないか。あれほどの苦痛に耐えたジェルミが守りたかったのは、まぎれもなく母親であるサンドラの笑顔だったのに…見て見ぬふり、なかったことにしてお金持ちのグレッグと楽しく生活しているサンドラ。結局、グレッグ自体が欲しかったんじゃなくて、お金が欲しかったんだろう?!ジェルミはあなたの息子だけれど、奴隷や道具なんかじゃないのに…日記に書き綴ってる暇があったらどうにかジェルミを守って、グレッグに対しては多額の慰謝料を請求するとかしてどうにかしろよ馬鹿野郎!
ジェルミが本当に心を壊してしまったのは、このせいだと思う。家族なら、守ってほしかった。気づいてほしかった。どいつもこいつも自分ばっかり守りやがって、苦労するのはいつも子ども。何も抵抗できないとわかっていて傷つけることで、自分が優位であると自分を肯定する人間が本当に許せない。
きっと、世の中の虐待はこういう醜い気持ちからできているんだろうし、どんなタイミングでそっち側に堕ちていってしまうかもわからない。それと正直に向き合って、闘って、勝っていかなきゃならないのはつらいけれど、それでも守っていかなくちゃ、いつか人間滅びるね。
イアンの苦悩もまた苦しい
グレッグに対して少なからず持っていた尊敬や信頼の気持ち。それが脆くも崩れ去った時、本当にイアンが苦しそうで、かわいそうで…ジェルミを守ろうとカウンセリングに通わせたり、男娼をやめさせたり、ドラッグをやめさせたり…いろいろやりながら、イアンはジェルミに魅了されもする。愛していくこの気持ちが、ジェルミを愛しているのか、それともグレッグと同じで傷ついているジェルミに興奮を抱くからなのか…
さらには、ジェルミはグレッグによる性的虐待へのトラウマから、体を重ねることが愛なのだとは思えない。愛するからこそ求めたいイアンと、体のつながりが決して愛とイコールにならないジェルミ。お願いだから、2人とも自由になってほしい。だけど、方法がわからないのである。イアンはいい奴だし、ジェルミを愛してくれていると思う。心が高鳴っても、ジェルミを傷つけることにはつながっていないし、彼は彼なりに愛を示そうと必死だ。お互いに必要な存在でありながら、離れたほうがいい気もする。この複雑さ、今までにないほど胸がぎゅーっとした。
君たちには未来がある
ジェルミには何もないのかもしれない。だけど、いろいろな人が君を助けようとがんばってくれているからこそ、君は今生きているんだと思う。オーソン先生が言っていたこのことば、
君の苦しみには名前がない
…何て言ったらいいのかわからない。どう表現することが正しいのかわからないし、経験した人がそれを言葉として表そうとは決してしないだろう。苦しみの果てに在るのは死であり、多くの被害者が死を選んできただろう。だけれども、どうか死なないで。生きてほしいと願う先生の言葉に、ホロリと涙が出た。
親は子供にとって人間ではなく神である
抗うことのできない力。それはもはや、人間の力を超越した、神のようなものとするしかない。抗っても抗わなくても、それなしには生きていけないと知るとき、虐待があるということを抜きにしても、オトナの与える子供への影響を考えざるを得ない。
どうかジェルミとイアンが幸せであるように…愛がわからないとしても、確かにそこで一緒に生きていくことができたら…結末に何があるかはわからないが、彼らがどうか生きて笑顔でいてくれることを願うしかない。
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