いつでも悪いのは先に生まれた大人である
ちょっと苦手な画風なのにインパクト最強
正直、苦手だったんですよね、こういう「マリア、君はなんて美しいんだ…!」みたいなぞわっとするセリフを平気でぶちこんでくるとか、とにかく言葉が多くて説明が多いのとか、人物が美しいんだかキモいのかわからないのとか。とにかく似たような画風の外国感
あふれるものが受け付けないと自分では思っていました。それが、まさかこれほどインパクトを受けて、読み終わったあとにしばらくフリーズするくらい、揺さぶられるとは思いませんでしたね。
話の始まり方も変わっていて、すでにジェルミが何らかの方法で人殺しをすることが示されている。それまでの過程を描いていくんだな、ということがわかる。あまりにジェルミが酷な状況におかれ、どうしようもなくなっていったとき、どうかグレッグを殺すことを許されて欲しい…そういう気持ちになっていく。そして実際に事が起こった後、今度はその息子との関係性が始まる…何年も何年も、それこそ「支配」されているジェルミ。その支配の絵図がグロいのではなく、時には花に、味に、色に…感覚的なもので変換して言葉にならない気持ちや衝撃を伝えてくる。これがすごいうまいです。生々しく描かれるよりも断然差し迫った気持ちが表れている。一番の特徴は仮面でしょうね。グレッグのつける仮面、そしてイアンも自分の中に生まれる気持ちにさいなまれ仮面の恐怖を感じる。その仮面は偽りの仮面ではなくて、本性の仮面ともいうべきもの。ジェルミに残酷な傷を植え付けた人ならざる者のかたち…夜寝たら今にも夢に出てきそう。
残酷なことをどこまで丁寧に
グレッグとサンドラを事故らせるまでは、とにかく毎回性的虐待を受けているジェルミ。1つ1つ、サンドラに幸せになってもらいたいという気持ち、自分一人の犠牲で家族が幸せでいられるという諦め、自由になりたい願う希望、ジェルミを縛るグレッグを殺したいと願う憎悪…あらゆる気持ちが丁寧に、焦らず描かれていきます。だんだんエスカレートしてベルトでぶつようになると、もはや読んでいる側からしたらもう早くグレッグを殺したほうがいい!お願いだから誰か助けてやってほしい!母親どうでもいいからどうか逃げて、自由になってほしい!!と、辛すぎて嫌になってきます。どうして誰も見て見ぬふり?なんで縛られてぶたれているのに、楽しんでいると思うの?それを自分のためだけに利用しようとするの?自分のために黙っていることがどうしてできるの??…大人たちの葛藤なんて全部傲慢でくだらないのに、ジェルミの心は理解されない。まさかそんな状況だとは誰も思わない。そんなジェルミを見たため、笑っている子供たちですら、家では泣いているのかもしれないとか、本当に幸せに生きているのだろうかと、自分の世界の見方が一変しました。人間のいいところは、醜いところを底辺においてできている。そう思わずにはいられなくなってきます。「殺してやる!」が最高の愛の告白なんて…狂った奴はどこまでもどうしようもない。グレッグを殺害できたら終わりなのかなと思ったら、そしたら息子のイアンがですよ?いい人だと思っていた父親と、突き付けられた現実と、被害に遭ったジェルミと…素行不良でも支柱として確かにあった家族が壊れ、よりどころが消え失せてぐらぐら揺れ動いていく。理解できるようなできないような、イアン自体も苦しんでいるのがまた苦しい…
ふざけるな母親
何も知らずに恩恵をいただきまくっていた母親のサンドラ。あなたを守るためにジェルミはずっと性的虐待を暴露することなく必死に耐えていた。なのに、サンドラは知っていた…!もうね、日記の出てきたときの衝撃と言ったら、もう一回殺されてもしょうがないよ!って叫びました。もう涙が止まりませんでしたよ。自分のために息子を犠牲にしていた…これはもう精神崩壊だよ、ふざけるなよ、どこまでジェルミを苦しめれば気が済むの?!もう憎しみが出まくりで、死んでしまってしょうがない!とすら思ってしまいました。自分のためにがんばることが、人を踏み台にすることではないでしょう。というか、そうであってほしくない。せめて本当の家族なら、守ってやってほしかった。家族だけは、心の許せるものであってほしかった。だけど、性的虐待をしてしまう人間や、それを見逃してまで幸せであろうとする人間は、同じような考えで目をつむり、子どもが死ぬまで・もしかしたら死んでしまった後でも手が出せないのでしょうね。虐待する奴って、結局自分に自信がないんですよ。何も抵抗できない人間をいたぶって普段得られない優越感に浸り、自己肯定をする。グレッグはもう悪魔です…
世の中は広いようで狭く、すぐ近くに汚い気持ちはある。人間誰でも醜い気持ちの1つや2つは持っているものだと思うけれど、どうかこんな憎しみの連鎖を生むような人間にならないよう、精進したいなと思いました。
結局血は争えないの…?
イアンもまたかわいそうでした。父親のかたちが崩れ落ち、自分の信じる者がわからなくなる。想いが曲がってぐるぐるして、ジェルミへの愛だと変換する。いや、それは愛じゃないって。いまイアンの心がドキドキしているのは、愛なんかじゃない。自分を形作っていたものの崩れ落ちる音だよ。そしてそれを受け入れきれていない、心がきしむ音だ。なんでグレッグみたいな方向に行ったのかな。いや、行ききってはないけど、理解しちゃだめなんだ。ジェルミをもう傷つけないでください。どうかジェルミを自由にしてください。遺伝子の記憶ってあるんですかね?グレッグと同じ行動をとってしまうのは、知らなければとることがなかったと思うんです。性格が似ていても、思考は受け継がれるものじゃない。だから、教えた親が悪いんだよ。環境のせいなんだよ!血がつながっていることを理由にしたら、あらゆる人がリスクありになってしまう。そんな世界は想像したくないですね。
イアンは悪いわけじゃない。ジェルミも。子どもたちは悪くない。いつでも、大人たちの傲慢につき合わされて、子どもは傷ついて育っていくんだなと思わされました。どいつもこいつも、長く生きているからってちゃんとした人間であるとは限らない。自分の身は自分で守らなくてはならない。そんな現実を突きつけられた感じがしてなりません。
まだ若いからどうか未来は輝いてほしい
ジェルミは、義理父グレッグに犯され続け、サンドラを失い、サンドラの裏切りに傷つき、アメリカでは薬と売春で生きていくことになった。それをイアンが救いますが、二人の逃避行は何とも言えない時間でしたね。二人ともどうやって生きていくことが正しいのか、正しいことなんてないとか、いろいろなことを考え、お互いが同じ立場ではないけれど、過去を共有できるものとして慰めあっています。これから彼らはちゃんと笑顔で生きていけるだろうか…それだけが心配でなりません。
せめてアビーと呼んでくれた先生が、もっと長く生きていられたら…バレンタインと離れなければ…事情を知る大人が強制的な力を発動させてくれたら…早いうちに救われたかもしれない。だけど、ジェルミの心はその時には救われなかったかもしれない…正しいことなんていうのはその時には決められなくて、後から結果的に気づくものがほとんどですね。それと向き合うだけの力を、一生をかけて少しずつ身につけていくのが人間なんだろうと思います。
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