キョヌの絶妙な表情がいいんだ
カノジョを説明する
カノジョの名前は明かされることなく進む。それはキョヌからみた、映画の中の登場人物としてとらえているところが大きいからだと後から気づく。「彼女」に関しては知っているようで知らない。いろいろな表情を見せてくれたのは確かで、僕だけが知っているものがあるのも確かで…でも「彼女」は自分のことを教えてはくれないんだ。いつも僕だけが君を好きみたいだね…
こんな感じで、もちろん「彼女」は主人公なのだが、キョヌ目線で楽しんだほうがいいだろう。ぐでんぐでんに酔っぱらった「彼女」が地下鉄の電車に轢かれそうになっているときに、キョヌは彼女を助けたのだが、手違いで拘置所送りに。でもそこで「彼女」とお付き合いを始めることになったのである。出会い最悪のパターンにはいろいろあるが、まさか人殺しと勘違いされるところからお付き合いになるとは、なかなかびっくりな展開だ。シナリオ作家を志すという「彼女」。キョヌはこれでもかというくらい傷めつけられていくのだが、謎多き「彼女」に惹かれずにはいられないのである。自分のことを何も教えてくれないのに、知ってほしいようなオーラも出している気がして…なんともずるい女。ずるいと分かっていて後戻りできないキョヌ。もしシリアス展開だったら絶対気持ち悪い映画になっていたと思うのだが、そこは猟奇的な部分でうまくカバーされておもしろくなっている。
当時、この映画が出た時はすっごい流行で。主演の女優チョン・ジヒョンは一躍有名となった。かわいいもんね…かわいいのにキャラがぶっ飛んでいる。もうM男の心をくすぐるわけよ。
コメディー満載
とにかく暴力的で凶暴な「彼女」。何かあればキョヌをビンタし、ヘッドロックし、キックし…おもしろいわけだ。顔の歪んだキョヌが絶妙にウケる。前半ではとにかくその繰り返し。キョヌが良かれと思ってやったことが裏目に出るわ、意見が合わずにどっかーんとなるは、忙しい展開だ。ケンカもするが、結局「彼女」に痛めつけられて解決するという…いかにも猟奇的である。ただ、猟奇的って言う言葉の意味を考えるとなんか違う気もするんだけどね。“怪奇・異常なものをあさり求めるさま”を猟奇的と表現するらしいんだが、求めているわけではなくてむしろ「彼女」のほうが怪奇現象を作り出している。求めているのは実はキョヌであり、それでも君が好きだということが言いたいんだろうと思う。ネーミング的にずいぶんうまくできすぎたので、他に何かいいのがあったかなーと考えると全然思いつかない。暴力的とか、凶暴とか、ハチャメチャとか…?それだと全然この映画って感じがしない。
その中で、お互いにいろいろ事件が起きたり、偶然にも2人をつないでくれたりして、お互いにお互いを大事に想う気持ちが強まっていく。離れたり近づいたりを繰り返して、常に笑わせてくれつつも、「彼女」の秘密が明らかになったときのちょっぴり切ない感じ・そしてそれを含めて全部まとめて引き受けたかったキョヌの気持ちなど、いろんなことを考えさせてくれる構成になっている。見合い相手が突如として登場し、キョヌが身を引いたのは困ったもんだった。絶対「彼女」はキョヌがくらいついてきてくれることを望んでいて、それをしないのがキョヌだと思いながらも、あと1歩歩み寄れなかった。そんな場面だったなー…。
なぜ2年後会いましょう
別にさ、別れるで良くない?2年後にタイムカプセルをあけにこようねっていう約束が若干意味が分からんね。その場で言えばいいんじゃない?その場で言えるほどにはお互いを引き留める自信がない・だけど時間をおいてそれでもまだ出会うなら運命だよね…ってピュアすぎだよ…そして2年って長くない?さらには2年後にプラスしてさらに1年…どんだけ迷ってんのよ「彼女」。待ってるキョヌもキョヌだけどさ…
お互い好きなのがわかってて、あと1歩のところが足りないから、距離を置いて見つめ直したい…みたいな真面目なことではないと思うんだよ。「彼女」からすれば、キョヌに引かれたらあとはぐいぐいいける相手なんていない。キョヌは、「彼女」の幸せを想うからこそ、今の自分ではダメだと思って離れる。もう…バカ!ムカつく!
もし、あの木の下で老人に会わなかったら、努力してつかめと言われなかったら、絶対に踏み出せなかったよね。
運命は努力した人に偶然という橋を架けてくれるのだ
っかー!おじいさん、いったいいくつの修羅場をくぐって生きてきた!?尊敬。そこから怒涛のラストスパートがかかったからね。おじいさんのことを一生忘れずにいてもらいたいよ「彼女」には。
不思議だなと思うのは、なぜ松の木の下か、ということ。松…まさか日本人しかわからない「待つ」をかけているわけじゃないよね?ここ韓国だよね?1回見た時は、もっとおしゃれにいい感じの木があるんじゃないかと思ったが、もしかして日本向けに作られていたら、そういう意味もあるかも…と少しニヤッとした。
結局同じにおいに惹かれていた
死んだ恋人の母親。韓国の作品では切っても切り離せない、親の登場だ。今作ではいい人で本当に良かった。死んだ恋人の母親が、「彼女」を想って新しい彼氏を紹介してくれる、なんていう発想は、韓国ならではだと思う。日本だったらなんか恩を売っているような、いつまでも忘れさせない気持ちにさせるというか、嫌な気持ちになるしね。
そしてそこがまさかのキョヌとの再会の場。涙の出方が…嬉しい気持ちになったよ。その場で発狂するわけでもなく、本当に出会えたことをただかみしめているというか、キョヌもまた、言葉で表せないくらい、喜んでいるのが伝わってくる、いいシーンだった。ここで、キョヌがじつは「彼女」の死んだ恋人のいとこであったことが発覚するが、そうなると、「彼女」は結局恋人の面影を重ねていたのが事実であり、さらには血のつながりすらあったことをこのタイミングで知ったことになる。なんか死んだ人をいつまでも見ているような気がしてキョヌにとっては酷なんじゃないかと考えたけれど、それを知る前に、もう2人はお互いを求めてようやく出会えた。キョヌががんばった男磨きも、「彼女」が行動した意味も、すべてがつながって偶然を引き起こしてくれたんだと思える。いとこだと知らせるタイミングがもし序盤や、深くお互いを知る前だったとしたら、絶対別れた気がする。このラストに出会えたからこそ、もうそんなことはどうでもよくて、とにかく一緒にいたいと言う気持ちにうまくつながったんじゃないだろうか。
気づけばそれは王道ラブストーリーだった
ぶっとんだ彼女がいったい何をしでかしてくれるのかと思いながら観ていた映画だったが、気づけばそれはただの王道ラブストーリーであった。最初の出会い方が最悪で、ケンカしならがも、徐々にお互いを理解して関係性を深めていき、それは一時の別れを迎えるが、ラストには結ばれる。そういう話だった。これは映画でよかったなーと思う。コンパクトで、わかりやすく、めんどくさいところで長引かず。これがドラマになると、すれ違いがどうとか、横からとっていく人がどうだとか、親がどうだとか、めんどくさい展開になっているだろうから。この映画をきっかけにチョン・ジヒョンは流行って、「僕の彼女を紹介します」とか、いろいろ出てきた。でもやっぱり、この「猟奇的な彼女」が名作で、どれもそれを真似したように思ってしまう。それくらいのインパクトがあった。
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