暴力的な社会と静謐で透明な空気をたたえたアーミッシュの社会の深い溝を鮮烈に描き、救いの心を求める「刑事ジョン・ブック/目撃者」 - 刑事ジョン・ブック/目撃者の感想

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暴力的な社会と静謐で透明な空気をたたえたアーミッシュの社会の深い溝を鮮烈に描き、救いの心を求める「刑事ジョン・ブック/目撃者」

5.05.0
映像
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脚本
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キャスト
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音楽
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演出
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映画ファンとして、いつまでも心の中にそっとしまっておきたいような、そんな心の宝石とも言うべき大切な映画というものがあるものです。ピーター・ウィアー監督、ハリソン・フォード、ケリー・マクギリス、ルーカス・ハース出演の「刑事ジョン・ブック/目撃者」が、私にとっての、そんな数少ない作品のうちの1本なのです。

フィラデルフィア駅の構内で、麻薬課の刑事が殺されるという事件が発生する。母親レイチェル(ケリー・マクギリス)に連れられた8歳になるアーミッシュの男の子サミュエル(ルーカス・ハース)が、偶然にこの事件を目撃していた。担当刑事のジョン・ブック(ハリソン・フォード)は、サミュエルから同じ麻薬課の刑事の犯行であることを知らされ、そのことを本部長に話した時から、ジョンは命を狙われ始めるのだった------。

一面に広がる青い麦畑。その麦畑に風が渡っていき、波打つように麦の穂が風にそよぐ。この麦畑の小径を黒い服を着た人々が黙々と歩いてくる。時折、小さく話す声に耳を貸せば、それがドイツ語か、それに近い言葉であることがわかる。そして、それは、未亡人となった女を励ます言葉、やはり葬儀の列だったのか、とわかる。

これは「刑事ジョン・ブック/目撃者」のファースト・シーンだ。その初めに、"ペンシルバニア、1984年"という字幕が出なければ、中世のヨーロッパか? と錯覚してしまいかねないほど印象的な田園風景だ。この麦畑を映したファースト・シーンは、それ自体が観る者の心を奪うことによって、この物語の主役が殺人事件の解決劇やタイトルの"目撃者(WITNESS)"母子、さらには、ハリソン・フォードでさえもないことを暗示していると思う。

ある人間が殺人や麻薬取引といった場面を、偶然、目撃してしまう。目撃されたことに、犯人の側が気づく。犯人は、目撃者の口を封じようとして、目撃者を執拗につけまわす。目撃者は、必死に逃げまわるが、殺しの手は次第に近づいてくる。この両者の緊張関係がサスペンスを生むのですが、この映画の場合、目撃者があどけない少年で、目撃された犯人の側が強大であればあるほど、サスペンス感は増幅するのです。

そして、この映画において、目撃者の少年がアーミッシュ育ちとしているところが斬新で、この作品の主役は、"アーミッシュ"と呼ばれる人々だと言っても過言ではないと思う。アーミッシュというのは、キリスト教の清教徒のアンマン派の敬虔な信者であり、地味な服を身に着け、電気や車に代表される文明生活を一切拒否して自分たちの村を作り、他のアメリカ人を"イギリス人"と呼ぶ、農耕生活に生きている人々で、彼ら自身の厳格な規律を重んじ、アメリカへ移住した18世紀当時そのままの生活を受け継いでいるのです。

そして、例え自己防衛のためでも力を行使することを良しとはしないのです。そして、その彼らの穏やかな姿と、ファースト・シーンの風にそよぐ青い麦とが、観る者の中でオーバー・ラップしてくるあたりは、ピーター・ウィアー監督の演出のうまさに思わず拍手したくなるほどです。

8歳の少年サミュエルは、父を失い、若くて魅力的な母親とともに、父の出身地であるボルチモアに列車で向かいます。途中、フィラデルフィア駅で列車を乗り換えますが、ボルチモア行きの列車が3時間延着し、母と少年は待合室で時間をつぶすことになる。そこで少年は待合室のトイレへ行き、そこで白人と黒人二人組による私服の刑事殺しを目撃する。刑事殺しの犯人は、いったい誰なのか? ------。

フィラデルフィア署のジョン・ブック刑事は、少年の目撃を頼りに捜査を始めます。その捜査方法は、少年と母親を犯人が潜んでいそうな市内のディスコに連れていったり、少年に直接、容疑者を面通しさせたりして、いささか荒っぽい。すると少年は、犯人のひとりの黒人の顔を意外な場所で発見した。なんと面通しに連れていかれた警察署の中だったのです。

その顔は、優秀な警察官として表彰された麻薬課の刑事だったのです。これが、実物ではなく、表彰されたパネル写真の顔で少年が気づくあたりが、ストーリーテリングのうまさだろうと思う。ジョン・ブック刑事は半信半疑で、麻薬課の黒人刑事の身辺を洗う。この黒人刑事は、5年前に大量の麻薬を押収したが、署内に保管されているはずの麻薬がない。彼は押収した麻薬を横流し、そのことに気づいた刑事を、駅のトイレで殺したのではないか?

ジョン・ブック刑事は、その疑惑をひそかに警察トップの本部長に伝える。すると、ブック刑事と同僚の刑事の身辺に、次々と奇妙な出来事が起こる。本部長に極秘で伝えた情報が疑惑の黒人刑事に筒抜けなのだ。そればかりでなく、ジョン・ブック刑事の身にも危険が及ぶのです。そして、危険はさらに目撃者の少年、母親にものびてくるのです。

ここで、ジョン・ブック刑事は、はっきりと悟る。少年が目撃した殺人事件は、警察のトップの指示で麻薬課の二人の刑事が引き起こしたものだと。犯人は全員警察官で、犯人の顔を目撃してしまった少年の身は、危険このうえない。そして、少年ばかりでなく、少年の口からそのことを知ったジョン・ブックと同僚の刑事もまた、警察内部の手によってひそかに抹殺されるだろうということを------。

このように、危険は少年と少年を取り巻く人間にまで及んでくるわけですが、このへんのストーリーの作り方は、"サスペンス映画のお手本"のように、実に見事だと思う。少年が目撃した犯人が、変質者とかギャングという設定も可能で、こういった作り方は、これまでにも無数にあるが、犯人が警察の最高幹部で、目撃者がのっぴきならないギリギリの立場に追い込まれてしまうという設定は、心憎いばかりで、おまけに研ぎ澄まされた緊迫感と迫真性に満ちている。

ジョン・ブック刑事もまた、「警官は道を失った時、汚いことをする」と批判しているが、警察ぐるみの犯行や犯人が警察の最高幹部であることなど、アメリカ映画ではもはや珍しくもないが、そのへんの事情は、ピーター・ウィアー監督や脚本家のホール・ウォーレスなども百も承知で、この汚れきった警察機構に対比して、古き良きアメリカの伝統がいまだにいきいきと生き続けているアーミッシュの村を登場させたのだろうと思う。そこでは、全員が額に汗して働き、銃、つまり暴力を持ち込むことは絶対に許されないのだ。

この作品が異色なのは、アーミッシュに逃げ込んだジョン・ブック刑事と目撃者の少年の母親との愛情関係を描いていることだろう。警察トップによる執拗な目撃者狩りは、少年と彼の周囲の人間を徹底的に窮地に追い込んでしまう。そして、追い込まれた男女の間には、自然に愛情が生まれていく。

未亡人となった少年の母親に対して、アーミッシュの村でひそかに好意を寄せている若い男性の存在が、映画の冒頭で紹介されている。そこにジョン・ブック刑事という"闖入者"が現われることで、三人の間に緊張関係が生じる。平和で静かな村で、男と女の三角関係による緊張を孕んで映画は進行していきますが、そういった緊張関係は、外部の世界から突然現われた、三人の犯人たちの荒々しい暴力によって破られていくのです。犯人たちは、警察の捜査だ、ジョン・ブックを殺人容疑で逮捕すると称して。

この作品は、少年の目撃と、殺人を目撃された犯人側による目撃者狩りのサスペンスを縦軸にして、追われる刑事と少年の母親との心の交流、愛情を横軸に配し、荒廃した時代の社会を立体的で複眼的に浮かび上がらせようとした、ピーター・ウィアー監督の意図が、ものの見事にはまって良質なサスペンス映画に仕上がっていると思う。

そして、そのこと以上に、私がこの映画に深く魅了されたのは、ジョン・ブックと少年の母親レイチェルとの結ばれることのない愛を通して、暴力と背中合わせの現代アメリカ社会とアーミッシュの静かな社会の間に横たわる深い溝を明らかにして、"心"を呼び戻そうとしていることです。

レイチェルの義父が、村を去るジョン・ブックに親しい者に声をかける様に「イギリス人に気をつけろ」と言うラストシーンは、その深い溝に橋を渡すことのできることを示してくれるのです。

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