ファンタジーなのは狼だけ
商人と経済というファンタジーアニメ
まず、この「狼と香辛料」の大きな特徴は?と問われれば「商人の話」と言えます。経済というと非常に複雑であり、歴史があり、そして学問の一ジャンルとして確立するほどの奥の深いものが主軸となっています。この物語を位置づけるなら間違いなくファンタジーアニメですが、剣や魔法は出てきません。主人公は商人であり、商人の習わしや掟にそって利益を得るという立場にあるのが特徴と言えるでしょう。
貨幣、為替、流通、など現代でも通用する単語が出ますが、非常にわかりやすくシンプルな内容として描かれている事が、専門の知識がなくても楽しめる部分です。中世ヨーロッパが舞台ということですが、やはり完全なファンタジーフィクションであるため、多少シンプルに描かれていますが、大学等で経済学を学ぶ者たちが、歴史の一環として習うだろう当時の流通を物語として得られるのは素人にとっても非常に興味深いです。
本作では物と貨幣の交換だけではなく、為替や先物取引、貨幣価値のマネートレードなども出てくるので、個人的に株投資やFXなどをしている人にも楽しんで見られたのではないでしょうか。
物語中盤から後半にかけて、主人公が先物取引で失敗し多額の借金を背負うシーンなどは見どころの一つで、剣と魔法、戦争や魔王との戦いとは違った意味での危機的状況が描かれるなど、他のアニメにはない着目点がやはりこのアニメ最大の見どころではないでしょうか。FXで有り金全部を溶かした顔が出る唯一無二のアニメです。
経済という点においては別作品ではありますが、「まおゆう」が有名だと思います。しかし「まおゆう」が国家規模であることに対し、本作の取引はあくまでも個人商店レベルです。商会・ギルドなどの仕組みもリアルで、この組合が銀行を兼ねているとか、組合員ということのメリットや商売における安全性を高めるなど、他の作品における「冒険者ギルド」という謎の組織に比べ、商売としての背景が伺えるのは非常にリアルです。
世界観と文化
本作品は経済アニメですが退屈で難しい話というイメージありません。戦争という単語は出ますが、あくまでも経済世界においての事象の一つとして描かれており、見どころを振らすことはないというスタンスは非常に好感が持てます。
またこの世界には「宗教」が出てきます。唯一絶対の神ということや、ワインを神の血と呼んでいることからカトリックがモデルになっているものと思われます。第一話でも主人公が関所を超える際に門兵が教会のやり方がヌルくなっているというようなことをぼやいていたり、教会税の徴収が悪化していることから王政を確立した各国の権力に権威を失いつつあるという背景が見えます。しかしながら宗教は、この世界に暮らす人々の心の支えであり、また長い歴史からその権威はなお強く、狼娘の存在を悪魔憑きとして差し出すというような事が当たり前のように認知されているようです。第一期の後半に登場する羊飼いの娘にしても、この宗教が強く影響しており、アニメではあまり描かれませんでしたが羊飼いの生活が決していいものではないことも、この世界観を裏付ける演出となっているようです。本作の原作をコミカライズした作品も購読しましたが、羊飼いの娘が裕福ではなく、靴底が減ることを気にして、できるだけ素足でいることや、主人公から靴を譲られルシーンなどが省略されていたことは少々残念でした。
恋愛模様
本作の主人公と狼の化身である少女との恋愛事情は単純ではなく、ある種の大人の恋愛事情を描いています。主人公は中堅の商人という設定上、若くても20代後半、おそらくは30代の男性ではないかと思われます。また一方で賢狼と自負する少女も、実は数百年の時を生きたという設定です。
二人は見た目こそ若いカップルですが、お互いが自身を大人であると思っているあたりが実に愉快なやり取りを生みます。主人公は第一話で登場する若き商人に商人道を語るなど、自身が経験をそれなりに積んで来て、一人前になったということを見せていますが、その一方で「まだ商人の半分は化物に見える」と言っていることから未だ成長の過程にある事を認めてもいます。またその狼の娘もただ可愛いだけの町娘とは違い、その豊富な知識と経験から大人びた思考ができていますが、彼女は豊作の神としての裏切られたこと、長寿であるために寿命の短い人々を見送ってきたという孤独から、幼さを見せる場面が多く出てきます。
この自身を一人前の大人と自負しつつも、幼さを残す二人が見せる微妙なバランスの恋愛感情は、好きなら好きといい、付き合えばいい。という単純なものにできません。少女は自分よりも短命な人間と恋仲になることを恐れている一面があります。「お前様はメスの気持ちがわからん」と主人公をなじったり、甘えてみたりとおちゃらけていいますが、やはりどこかに一線をしくような感情が見え隠れします。また主人公も唐変木ではあるものの、相手を女性というだけではなく、一人の人間と尊重し、恋人未満、相棒以上の関係をなかなか崩せないといった心情が読み取れることから、二人の恋愛事情は大人の恋愛模様といった様子で描かれているようです。こういった関係は若い青少年視聴者にはもどかしくあるでしょうが、女性や経験を積んだ男性からは微笑ましくも興味の尽きない関係として捉えることができると思われます。
スタッフロールから見える制作背景
さて、アニメーションを語る上でもう一つの視点で物語を見ていきたいと思います。第一期の制作はIMAGINというアニメーションスタジオで制作されています。このスタジオはアニメーション演出家の酒井明雄氏が設立した会社で、第二期の制作スタジオ、ブレインズ・ベースやマーヴィージャックを見る限り、東京ムービーの流れをくむ制作スがジオで間違いなさそうです。スタッフロールを見ても海外(主に中国)の作画マンが多数参入しており、グロス請けスタジオの特徴がにじみ出ていました。
グロスと言うのは、スタッフロールでは「制作協力」というようなクレジットをされることが多く、1話分の話をまるごと引き受けるという仕組みのことです。
ご存じの方は少ないかもしれませんが、アニメーションスタジオにもそれなりの力関係と言うものがあり、資本や優秀な人脈が確立されていないスタジオもかなり存在します。よほどの地力がなければ人も資金も集められず、自転車操業が成り立たず潰れていく会社も多くあると聞きます。
なのでいきなりオリジナルアニメや劇場アニメを手がけられることはできず、また原作付きのアニメーションであっても実績のないスタジオはいきなりメインの制作としては仕事を得らません。そうすると先に説明したグロス請けという形で他社が制作する1シリーズのTVアニメの1話分だけを請け負って制作するというようなスタイルを取ることになります。本作はIMAGINE初のメイン制作アニメとのことですが、スタッフロールを見ると作業の多くを海外に発注している様子が垣間見えます。
酷評となりますが、本作の技術的な点をみると出来栄えが良いとは言えません。もちろん限られた現場事情の中で相当な努力をしていることは前提としてあるでしょうが、レイアウトや作画が崩れることもしばしば目につきます。全十二話ありますがおそらくグロスを除き、メインは3つくらいのラインで制作しており、基本中3週で作成されているようです。原画の人数を見ても海外勢の占める割合が多く、国内のアニメーターが原画として参加しているのは、キーになるシーン(感情表現が複雑なシーンなど)のみではないかと思われます。
ここに若干の力不足は感じるものの、本作の年度を見る限り海外勢のスキルがそれほど高くなかった時期のものですので、作画に於いては頑張ったが、厳しい言い方をすると力不足だったという印象でした。
オープニング・エンディングテーマ
本作の印象として残るものとしてはオープニング・エンディングがちゃんとアニソンだったということでしょう。アニソンというのはつまり、その作品のためだけに作られた音楽のことです。タイアップ曲という有名なJ-POPミュージシャンが独自で作った音楽を当てるという手法が多い昨今で、そのアニメのためだけに作られた曲というのが採用されていることはアニメファンに取っては実に嬉しいことです。
オープニングは二人の出会いと旅立ちを歌詞に乗せており、しっとりとした世界で二人の旅が続く様子が描かれているようです。またエンディングは全て英語の歌詞となっており、私のつたない英語力では正しくないかもしれませんが、
「私は少女の中にいる狼」
「クジラに乗った人魚と一緒に」
「リンゴのような目で見て」
「溶けたママレードの月を召し上がれ」
「そしてじっとはしていられないの!」
「さあ、世界中で口笛を吹いて……」
歌詞をそのまま載せると、著作権に引っかかりそうなので、すごく自信のない和訳での紹介となりますが、ふわふわとした可愛らしい狼の少女が、旅を甘く素敵なものとして歌っているようで、なんとも暖かな気分になりました。
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